事業管理者のつぶやき
Chapter98.るつぼ
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
トランプ大統領が誕生して半年が経ちました。持論に基づいて大統領令による一部移民の排除を試みましたが、連邦裁判所の判断は今のところ異なっているようです。多種多様な民族が混在して過ごす状態である「人種のるつぼ」は多民族国家アメリカを象徴する言葉として使われてきましたが、さいわい今後も変わらないようです。「るつぼ(坩堝)」は英語でmelting potと表現され、高熱を利用して物質を文字通り溶融混合させる耐熱容器を示します。
これに反してわが国は人種に関しては単一民族国家を死守しているように見えます。ところが、こと食に関しては、ちまたに世界各国料理のレストランがあふれ、まさにるつぼ状態と言えます。さらに和風の食材を混合し、貪欲に新たな味を開発することにも長けています。一番の例は「あんパン」でしょう。あんパンは創業1869年(明治2年)の老舗パン屋木村屋で明治7年に生まれたといいます。あんと塩漬けの桜を酒種発酵のパン種で包み込むという和洋折衷の思想と味が、当時の人々に受けてわが国を代表する菓子パンになりました。オリジナルのあんはもちろん小豆餡(あずきあん)ですが、今やあんの種類も和菓子に使われる白餡、芋餡、うぐいす餡となんでもありです。またマドレーヌやフィナンシェなど洋風焼き菓子にまで最近はあん入りを見かけます。
アメリカに留学していた30年以上前に、アパートの近所に「ピザ・ハット」があって、子供たちとよく行きました。本場イタリアのピザとは似て非なるアメリカ風のいわゆる「パンピザ」です。同僚のイタリア系大学院生などは「あれはピザじゃない」と断言していましたが、トマト味のラグー・ソースにたっぷりのチーズが乗ったばかでかいピザはまさにアメリカの味で、それはそれで子供らといっしょに”Yummy!(うまいっ!)“と叫んでいましたね。日本に帰国後数年たって、アメリカからピザ・チェーンが進出し、家庭で宅配ピザが手軽に楽しめる時代になりました。1985年(昭和60年)、東京に出来た「ドミノ・ピザ」がわが国宅配ピザの一号店だそうです。
ところがピザでも、というかピザのトッピングにも和風化が起こりました。いつの間にか、じゃがマヨ、明太子、プルコギ、タコサラダ、もち入り等々まるで居酒屋のメニューを彷彿とさせます。ピザの和風トッピングはおかずパンにも波及して、明太子をバゲットに挟んだカスクート、ごぼうサラダや牛スジ煮込みを挟んだサンドイッチなど、次々新製品が生まれます。焼きそばパンに至ってはまるでラーメン・ライスの感覚です。取り合わせの妙で美味しいものもありますから、なんでも取り入れ日本風に咀嚼してしまう国民性がなせる技でしょうか。消費者を飽きさせないように、次から次へと目先の変わった商品を開発・投入するコンビニ文化も、この傾向に拍車をかけているようです。
ところで「るつぼ」は何もかもミックスして溶かして均一化するので、多民族が共存するアメリカを「人種のるつぼ」と呼ぶのは正確ではありません。最近ではそれぞれの素材が並立して味を出すサラダの容器になぞらえて、「人種のサラダボウル(salad bowl)」と呼ぶ方がふさわしい表現だと言われます。そういえば和風にアレンジされたピザもパンも「るつぼ」より「サラダボウル」に近い存在です。アメリカがいつまでも多人種多文化を生かす「サラダボウル」であり続けることを願います。
(2017.8.1)