広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter96.汚れたミルク

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

パキスタンを舞台に多国籍企業を相手に戦う男を題材にした映画「汚れたミルク/あるセールスマンの告発」(原題Tigers)は、ドン・キホーテのように大企業に挑む告発ドラマで、アメリカPG&E社の地下水汚染を取り上げた「エリン・ブロコビッチ」、アメリカタバコ産業の不正を告発した「インサイダー」などと同様に実話に基づいた映画です。製薬会社につとめる主人公アヤンはやり手の営業職でしたが、グローバル企業に転職し、持ち前の才能で乳児用粉ミルクを売りまくります。たくさんのノベルティを持参し、医師や看護師に売り込みを図るなど、むかし日本でも見られたような光景が描かれます。ところが、発展途上国のパキスタンは貧困社会で、公衆衛生知識が普及していませんでした。不衛生な水で溶かした粉ミルクを飲んだ乳幼児の死亡事件や、粉ミルクが高価なため薄めて飲ませて栄養失調に陥る事件が起こりました。企業はその事実を無視して、売上を伸ばし利益の追求に邁進します。悲惨な実情に目覚めたアヤンは、妻や父親の励ましもあって自社の告発に踏み切ります。

この映画はインド、フランス、イギリスの合作で、原題名のTigersは営業担当の上司が「虎」になったつもりで猛獣のように売り込みを図れ、と叱咤激励する場面から名付けられたのでしょう。アヤンの告発は市民人権団体の応援を得て、ドイツでテレビ特集番組化がなされますが、ご多分に漏れずあの手この手の企業からの妨害に遭い、放映寸前に挫折します。これに対抗して映画が製作される様子が冒頭に描かれ、ストーリーは劇中劇のように展開します。その意味で現在進行形のドキュメンタリーとも言え、巨大企業からの法的反撃を恐れてか慎重な製作態度です。企業名も架空の「ラスタ社」となっていますが、一瞬「ネスレ」の社名が流れます。実はネスレは1977年以降、二度にわたって乳児用粉ミルクのボイコットがなされています。ネスレの立場は、製品自体に瑕疵はなく、発展途上国のインフラ整備がなされていないことが原因だとしています。映画「汚れたミルク」はこの論争がまだ継続中であることを示しています。

汚染粉ミルクといえば、何と言っても森永ひ素ミルク中毒を思い浮かべます。この事件は、1955年に西日本一帯で人工栄養児に原因不明の病気が、集団的に発生したことに端を発します。のちに森永乳業徳島工場製粉ミルクにひ素が混入していたためのひ素中毒と判明しました。しかし産業優先の高度成長期の最中で、今のような消費者意識もなく、企業への遠慮もあって政府も企業寄りの解決を図りました。1969年にひ素ミルク中毒患者の14年目の実態が大阪大学丸山博教授によって報告され、深刻な後遺症が明らかにされました。大きな社会問題となったことから、国と被害者と森永乳業の三者が会談を重ね、訴訟や不買運動などの紆余曲折を経た末に、1974年に被害者の恒久的な救済を図るため森永乳業が資金を拠出して「ひかり協会(現・公益財団法人ひかり協会)」が設立され、救済事業を続けています。なお「ひかり協会」は被害者運動の基盤になった「岡山県森永ミルク中毒の子供を守る会」の機関紙「ひかり」から命名されています。機関紙名は丸山教授の報告が被害児やその親にとって闇夜を照らす光に思えたところからつけられたそうです。

ひ素ミルク中毒事件は発端から約20年を経てやっと「ひかり協会」の設立に漕ぎつけています。被害者たちは60歳を過ぎました。世界にも例の無いような救済事業は現在も継続して行われています。被害者の健康診断、疾病治療、疫学調査など莫大な経費も注ぎ込まれています。ここに至るまでの関係者の尽力には頭が下がる思いです。一方で、公害がいかに高くつくものかを私たちは心に刻む必要があります。

(2017.6.1)