広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter91.にわとり

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

今年の十二支は酉で、動物で表記すると鶏です。身近な家畜の一つで、私が子供の頃など田舎の親類の農家では、庭先で飼われていました。朝になると鶏小屋に卵を取りに行かされたものです。とれたての卵に小さな穴を開けて、生卵を吸わされることがあったのですが、生ぬるくて生臭い感触がイヤでイヤでしょうがなかったのを記憶しています。お客があると、その鶏をつぶして(屠殺)スキヤキをふるまうのを見ると、子供心に複雑な思いを抱きました。今でこそ好物の一つの「玉ヒモ」や「玉道」と呼ばれる部分など、当時は気持ち悪くて食べられませんでした。最近はブロイラーでない地鶏それもブランド鶏肉が増えて、値段もそれなりにしますが美味しくなりました。

鶏といえば、夜明けとともに特徴のある声で鳴き、別名「時告げ鳥」の由縁です。明け方の鶏の声を真似て一命を取り止めたのが、戦国時代の中国、斉の国の孟嘗君(もうしょうくん)です。秦の国から脱出する時に、夜中に函谷関に着き、従者が鶏の声を真似て鳴き、関所の番人を欺いて門を開かせて通り抜け、追っ手から逃れました。この故事から鶏の鳴き真似を「鶏(とり)の空音(そらね)」と呼ぶようになりました。小倉百人一首の「「夜をこめて鳥のそらねははかるともよに逢坂の関はゆるさじ」は、清少納言が後拾遺集で詠んだ歌で中国の故事を下敷きにしています。もっとも清少納言らしく、函谷関の関ならぬ「私と逢う坂の関は通過させませんよ」とずい分色っぽい歌です。

鶏と音楽といえば、グリム童話の「ブレーメンの音楽隊」でしょうか。ロバ、イヌ、ネコ、ニワトリが森の中の一軒家に潜む泥棒を追い出す話です。しかし音楽隊そのものは登場することなく、唯一音声らしいのは、4匹が一斉に大声を出して鳴くシーンだけです。クラシック音楽の世界では、イタリアの作曲家レスピーギの管弦楽組曲「鳥」で、5曲構成のうち前奏曲、鳩に次ぐ3曲目に牝鶏が出てきて、夜鶯、郭公で終わります。ここでは勇ましくトキを告げる牡鶏は登場しません。野鳥のさえずりとは異なり、鶏の鳴き声はあまり音楽的ではないのかもしれません。

美術とくに日本画の世界では何と言っても伊藤若冲(じゃくちゅう)の鶏です。ざっと挙げるだけでも、雪梅雄鶏図、紫陽花双鶏図、双鶏図、菊鶏図、仙人掌群鶏図襖絵、群鶏図障壁画、虻に双鶏図など題名に「鶏」が入っているもの以外に、樹花鳥獣図屏風などにもしっかり「鶏」が描き込まれています。昨年は生誕300年ということで、あちこちで若冲展が開かれました。伊藤若冲は私たち関西人にはおなじみの京都錦市場で代々続く青物問屋の跡取りだったそうです。老舗の子息で生活の苦労が無く作画三昧の日々を送った若冲の作風は、水墨画にも才能を発揮しましたが、何と言っても極彩色の動植綵絵(さいえ)が特徴です。草木、鳥獣、虫魚が細密に描き込まれた作品の数々は、観る者を楽しくさせます。群鶏図に見られる13羽の鶏は羽の模様や色が多種多様に描き分けられ、実際に多数の鶏を庭に飼い、その姿、形を観察し写生を繰り返した若冲ならではの表現です。

ことわざに「鶏口牛後(鶏口となるも牛後となるなかれ)」とあります。小規模自治体病院である芦屋病院の行き方を示します。

(2017.1.1)