広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter84.夜目、遠目

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

フェミニストにとって、「夜目、遠目、笠の内」はずいぶん失礼で許されない言葉でしょう。いずれも女性が実際よりは美しく見える条件を言っています。暗い夜や遠く離れて見たり、笠に隠れた顔の一部が見えるような状態で、はっきり見えない顔は、実物以上に魅力的で美人に思えるというわけです。ここでいう「笠」は、いわゆる被り笠で頭に直接かぶるタイプの道具です。笠には多数の種類があって、陣笠、菅笠、編笠、市女笠、鳥追笠、網代笠、等々限りありません。深編笠は虚無僧の必需品ですし、阿波踊りの女性連は折編笠を着用しています。市女笠は公家の女性の外出用に使われた中央に高い突起を持つ独特の形状の笠です。市女笠には「虫の垂衣」と呼ばれる白い薄い布が垂れ下がります。日除け、虫除け目的ですが、顔も隠れますので、これぞ「笠の内」を意図するのかもしれません。

「笠の内」を「傘の内」と誤解している人も多いようです。ここでは傘をさしている女は美しく見えると解釈されますが、あながち間違っていません。日照が遮られる雨空では照度が低く、紫外線も少ないので「夜目」と変わらぬ効果があっても不思議ではありません。またおしゃれな小道具としての傘が持ち主を引き立てます。美しい傘と言えば、フランス映画「シェルブールの雨傘」の冒頭シーンが目に浮かびます。石畳の上を色とりどりでデザインも異なる雨傘が行き交う様をカメラが俯瞰撮影します。バックには音楽担当ミシェル・ルグランの哀愁を帯びた主題曲が流れ、ドラマの結末を予測させます。半世紀も前に観た作品ですが、美しいカトリーヌ・ドヌーヴ、大ヒットした主題曲のメロディーは忘れられません。

イギリス海峡に面した港町シェルブールの傘屋の娘ジュヌヴィエーヴと自動車整備工ギイの恋愛は、ギイの兵役で引き裂かれ、貧しいジュヌヴィエーヴは金持ちに見初められて結婚、パリに移住してしまいます。一方、除隊後帰郷して自暴自棄となったギイは幼馴染と家庭を持ちます。数年後、ギイ経営のガソリンスタンドに偶然給油にきたジュヌヴィエーヴと再会、ギイは助手席の女の子が自分の子供であることを示唆されます。しかし元の恋人たちは互いの家庭に帰っていくという月並みなラブ・ストーリーです。ただこの映画は、普通のセリフがない全編音楽のみのフレンチ・ミュージカルで、画期的な作品ゆえにカンヌ国際映画祭でグランプリ受賞しています。言語としてのフランス語の美しさに感動します。

わが国固有の「傘」は「からかさ」と呼称され、柄の無い被り物の「笠」とは区別されます。和傘は竹細工を軸と骨に、油で防水加工した和紙を貼って作ります。デザインによって番傘や蛇の目傘あるいは野点に用いられる日傘などの種類もあります。この頃はアートな模様の和傘もあるようですので、梅雨時におしゃれなアクセサリーとして利用してみてはいかがですか。

(2016.6.1)