広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter81.花心(はなごころ)

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

日本の標準子午線の東経135度線上で、さらに北緯35度が交差するまち西脇市は日本列島の真ん中にあることから「日本のへそ」を自称しています。「へそ」で代表される地球上の日本列島の位置は、周囲を海に囲まれた環境とともに私たちに春夏秋冬の四季を与えてくれました。旧暦では四季だけでなく、さらに二十四等分した季節「二十四節気」、もっと細分した「七十二候」という季節も取り入れられ、細やかな季節の移り変わりを表現しています。季節感は赤道直下の常夏の国や大陸気候の国では得ることのできない恩恵です。

新暦3月は節気「啓蟄」から「春分」にかけての時期で、それぞれの初候、次候、末候のうち次候には、「桃始めて笑う」「桜始めて開く」といずれも「花」が登場します。「桃笑う」は「桃(の花)咲く」と同意語で、もともと「咲」という字は口と笑の合成略字で、花が咲くことを「花笑み(はなえみ)」ともいいます。「桜開く」は説明の必要もありません。新聞から積雪情報が消えて、桜の開花情報に替わるのもまもなくです。早咲き桜として有名なのが河津桜で、1月下旬から約1カ月にわたって咲き続けます。命名のもとになった河津町(静岡県賀茂郡)には樹齢約60年の原木があるそうです。今、お花見の桜といえば染井吉野(ソメイヨシノ)がほとんどですが、江戸時代に品種改良されてできたもので、古来和歌に詠まれた花といえば桜それも山桜をさしています。近場で山桜の名所は何と言っても吉野山で、下千本、中千本、奥千本と名付けられた全山約3万本の桜を見ることができます。紅を帯びた一重の山桜が宵闇に浮かび上がる幻想的な景色から、「夢宵桜(ゆめよいざくら)」という美しい言葉も生まれました。

桜の花は鑑賞するだけでなく塩漬けにして、お茶や白湯を注いで慶事などで用いられます。また塩漬けした桜の葉で餡入り餅を包んだ桜餅は春を感じさせます。この季節、旬の美味しい野菜も店頭に並びます。春の魚介類も無視できません。鰆(さわら)は文字通り春の魚です。成長とともにさごし・なぎ・さわらと名を変える出世魚で、コレステロールを下げる効果のあるEPA(エイコサペンタクエン酸)を多く含みます。一般に頭の方が美味とされる魚の中で、鰆は尾の方がおいしく食べられます。高級素材のさよりもまた春の魚です。刺身、てんぷら、焼き物、干物いずれも美味のオールマイティです。お祝いに欠かせない真鯛も春が旬の魚です。関西ではあまり食さない青柳(バカガイ)は江戸前握りの常連ですし、帆立貝も産卵をひかえて美味しくなる時期です。桜のシーズンが旬であり、赤い色素が桜色に見えるのは、その名もずばり桜エビです。花を愛で、旬の素材で美食を楽しめるのも、折々の季節あっての賜物と痛感します。

「花より団子」につい筆がすべってしまいましたが、一方で「火事と喧嘩は江戸の花(華)」などと言います。無責任な野次馬根性が生んだ言葉で、「花」をこんなところで使ってほしくありません。どんな厳しい環境にあっても、時が来れば花を咲かせようとするそれぞれの「花心(はなごころ)」に想いを寄せたいものです。花自身だけではありません。「花の父母」といわれる雨や露も開花を助けます。「花心」は「人心(ひとごころ)」にも通じます。

(2016.3.1)