広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter80.京町家

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

その旺盛な購買力から「爆買い」という新語を生んだくらい、外国人とくにアジアからわが国への観光客が昨今急増しています。確かに彼らは日本各地の都市や観光地を貪欲に訪れています。とは言え京都や奈良など古の都は、外国人観光客が欧米人主体であった昔も、そうではない今も人気の観光地であることに変わりありません。古都に憧れるのはもちろん外国人だけではありません。日本全国の中学校の修学旅行先は40%以上が近畿地方を選択していて、当然京都や奈良を観光していると思われます。また旅行雑誌に限らず女性雑誌などでも、「京都、究極の職人技」「隠れ京都案内」「京の朝ごはん」「週末京都」等々の京都特集が組まれているのは、日本人にとっても京都は惹きつけられる地なのでしょう。

京都の魅力といえばまず神社仏閣が挙げられるでしょう。京都三大祭りである葵祭、祇園祭、時代祭で繰り広げられる祭り文化もあります。また四季おりおりの花の名所探訪も捨てがたいものがあります。しかし何と言っても京の街並みそのものが醸し出す雰囲気こそ私たちを惹きつける一番の魅力ではないでしょうか。俗に「京都の人が『先の戦争』というときは、応仁の乱をさす」という半分誇張された笑い話(?)があります。日本の多くの都市にとって、『先の戦争』イコール第二次世界大戦であり、焦土と化した街も少なくありません。その点、京都は応仁の乱(1467~1477年)以降の戦乱で小規模の被害を受けたことはあっても、街が廃墟のようになったのは応仁の乱が最後です。したがって表通りを一歩入ると、昔から庶民が生活してきた街並みを見ることができます。

ノスタルジックな京の街並みを構成するのが町家です。私の親しい友人の一人である建築家が都市開発とともに町家が失われていくのを惜しみ、京町家の保存と伝統的工法による再生に取り組んできました。「うなぎの寝床」と言われる間口が狭く奥行きの深い敷地は平安京の条坊制の街割りから展開されたものだそうです。町家の奥行き方向は隣家に接し土壁の壁面のみで窓がなく、間口方向だけが開口している筒状の様式です。ここに「通り庭」と「おいえ」という並行した空間の二重構成が基本的特徴で、「奥行き」を伴った「薄暗さ」のある空間特性は日本人の精神構造に重ねることが出来るといいます。閉鎖的空間である町家は直接光が差し込まず、表と裏の庭からだけの採光となるため、「薄暗く」なるのは否めません。しかし、入り込んだ光は町家の木、土、紙などの素材によって、あるものは吸収され、あるものは和らげられて独特の空間を作り出します。この空間は日本人の持つ「侘び」の心に通じて、日本的な精神性の濃い空間になっていると言えます。一方、方向性のある「奥行き」は空間に秩序をもたらし、精神的に奥を目指し、奥に向かうという動的な指向性を象徴しています。これは中心性を重視する西洋文化とは大きく異なるものです。また町家空間に見る可動性のある建具を利用した「隔たりと繋がり」あるいは「非対称的な空間」なども日本人の情緒の表れでしょう。京町家をこよなく愛した友人は、研究論文「京町家の空間イメージ(Space Image of Kyomachiya)」を遺して昨春逝ってしまいました。本稿の一部は彼の遺稿を私なりに解釈したものです。

友人に設計・施工管理を依頼した私の住居には、彼の京町家へのこだわりが垣間見られます。吹き抜け部分の木組みや梁などがそうです。残された私たちが故人の思いを伝えなければならないと思います。

(2016.2.1)