広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter77. 御伽草子

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

草子(草紙)は紙を綴じた書物すなわち冊子(さっし)の音変化で、古くは平安時代の随筆「枕草子」などの書名に用いられています。時代が下ってそれまでの物語本など娯楽的要素の入った「草子」の中から、短編の絵入り物語という新しいジャンルが出現し、「御伽草子(おとぎぞうし)」の名で呼ばれるようになりました。17世紀から18世紀のころで、鎌倉時代から江戸時代にかけて御伽草子が成立したようです。

御伽草子は数百編存在すると言われ、その内容も多様性に富んでいて、身分や職業を問わずに各層の人々が登場します。面白く読めて、しかも寓話的・説話的要素も垣間見られる作品群です。物語に現れるのは人間だけではなく、動物や植物なども擬人化されて出てきます。イソップ寓話もまた動物や生活雑貨などを主人公にしたものが多く見られますが、こちらは紀元前に源があり、中世ヨーロッパで完成されたといいます。

御伽草子に違いありませんが、太宰治の「お伽草子」は似てまた非なる短編小説集です。こちらは「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切雀」の4編から成り、1945年に執筆され刊行されました。「前書き」というか冒頭に、太宰が空襲下防空壕で娘に「お伽草子」を聞かせるシーンから始まりますが、実際に居住していた東京市や疎開先の甲府市でも戦火に追われました。小説の内容といえば、子供向けのお噺とは程遠くシュールなストーリーで、ブラック・ユーモアふんだんの大人向け掌編です。子供向け児童小説としては1975年から約20年間続いたテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」が思い出されます。このテレビアニメの初回3ヶ月放映に、太宰が取り上げた4編がいずれも入っていることから、「誰もが知っている昔話」を題材に加工したところが、常人離れした太宰の太宰たるところかも知れません。

この秋、「カチカチ山」と「舌切雀」を朗読劇で鑑賞する機会を得ました。小説といえば定番は読書、戯曲化されると舞台や映像で観ることになります。朗読は声で文章を「聴く」ので、原作に忠実に接することになり、しかも朗読者の感情や話術が反映されます。「カチカチ山」のタヌキを桂南光が、ウサギを三島ゆり子が担当し、それぞれ37歳のエロ親爺と16歳の美しい処女を熱演(熱読?)します。最後はウサギの悪計にかかってタヌキは殺されます。「好色の戒め」や「道徳の善悪」と解釈することもできますが、太宰は世界中の文芸の哀話の主題は、一に「惚れたが悪いか」にかかっていると喝破し、女性にはこの無慈悲なウサギが一匹住んでいるし、男性にはあの善良なタヌキがいつも溺れかかってあがいていると切り捨てています。「舌切雀」の欲張り婆さんも、お決まり通り雀のお宿で大きな葛篭(つづら)をゲットして、余りの重さに帰途雪の中で倒れて凍死します。葛篭には金貨がいっぱい詰まっていて、正直爺さんは大金持ちの宰相にまでなりましたとさ。

この朗読劇は、アジアの恵まれない子供達に支援を続けているNPO法人「シャクナゲ・子供の家」主催で、発足15周年とネパール震災復興支援のチャリティ公演として企画されました。法人の精神である「すべからく子供は守られて生くるべし」は、私の専門分野である産婦人科の理念に通じるものがあり、ご縁で会員に加わっています。

(2015.11.1)