広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter73. サルスベリ

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

百日紅(サルスベリ)の漢字名は、紅色の花が夏の間に百日くらい長期にわたって次々と開花することから付けられたと言います。また呼び名の「サルスベリ」は文字通り「猿でも滑り落ちる」ようなツルツルした樹木の感触から名付けられました。幹の肥大成長にともなって古い樹皮が剥がれ落ちてツルツルになるのですが、幹が太くなるまでには時間がかかり、直径10センチ程度の幹になるまで数十年が必要とされます。

成長が遅く、立派な樹木に育つまでに年月のかかるサルスベリの古木が高価なのは想像できます。その古木を4,000本以上集めて植樹したのが、四国の奥道後ゴルフクラブです。来島船渠株式会社(現・新来島どっく)の故坪内寿夫社長が金に糸目を付けずに造った有名コースで、各ホールで樹木が変わり、美しい花木が次々姿を見せます。その7番ホールには、ティーグラウンドの樹齢400年とも500年とも言われる巨木を筆頭に、いずれも数百年の年代物サルスベリの古木が植えられ、夏から秋にかけて紅の花で彩ります。このホールのサルスベリは、生臭坊主で有名な作家、今 東光和尚が「歴史は金で買え」「金は坪内が払う」の命令一下、各地の作家が全国から集めたそうです。シバレンこと柴田錬三郎のために造られ、有名人たちの揮毫を刻んだ石碑が数多く配置されているのもこのコースの特徴です。

サルスベリの花をストーリーの象徴として描かれた漫画が、杉浦日向子の代表作の一つ「百日紅」です。江戸時代の99話の怪談を描いた「百物語」と同様、連作短編集「百日紅」でも江戸の風俗を生き生きと描写し、葛飾北斎と浮世絵師たちの世界を展開しています。彼女の画風には独特の雰囲気があり、そこに魅力を感じる読者も多いと思いますが、それもそのはずで筋金入りの時代考証に基づいて作画されています。とくに浮世絵を下地にした漫画作家であっただけに、北斎が主人公の「百日紅」は渾身の作品でもあったでしょう。

漫画「百日紅」の世界を、登場人物の一人である北斎の娘「お栄」の視点で描いたのが、最近公開されたアニメーション映画「百日紅~Miss HOKUSAI~」です。お栄は自らも浮世絵師(画号 葛飾応為)で父の代筆もするくらいですが、人生経験も未熟で父親の域に達していません。彼女の恋の悩み、芸術の悩み、別居して暮らす母や妹への思いやりなどを軸に江戸情緒たっぷりの世界が繰り広げられます。全盲で薄幸の妹、お猶の運命を象徴するのが紅の花、百日紅です。何処までが実話で、どこからがフィクションかは知れませんが、江戸の市井を切り取った様な浮世絵風の画面とおどろおどろしい怪異談が交じる杉浦日向子ワールドに、しばしどっぷりと浸かることが出来ました。

ちなみに江戸時代に来日したオランダ海軍医師ポンペは、日本人の失明率の高さに驚いています。当時、長崎住民の8%は眼病を患っていたそうです。失明の原因となった病気は不明ですが、不衛生による感染症がもっとも多かったと考えられます。お猶が感染したかどうか判りませんが、江戸時代もっとも恐れられた感染症は天然痘で死亡率約40%、治癒しても失明などの後遺症を残しました。わが国で初めて種痘が行われたのは、90歳まで生きた北斎の没年1849年です。1857年には江戸に種痘館が設立され、のちの東京大学医学部となっていきました。

(2015.7.1)