事業管理者のつぶやき
Chapter72. 怪我の功名
市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆
大阪の国立文楽劇場に行ってきました。文楽鑑賞初体験です。二代目吉田玉男襲名披露公演で、年初の歌舞伎に次いで日本伝統文化に関心の深い友人たちの誘いに乗りました。「牛に引かれて善光寺参り」の類で出かけた文楽劇場参りとも言えますが、実は橋下大阪市長の補助金カットで話題となった上方発祥の芸能を観ておかねばと思ったのも事実です。驚いたことに平日の昼公演にもかかわらず満席でした。あまり広くないロビーは開演前から昼食の弁当を買い求める人、プログラムを求める客でごった返しています。早くも土産物のお菓子をあさっている人もいます。ここでも中高年女性が幅をきかせていましたが、男性も少なからず見受けました。日本人の特性の一つである「判官贔屓(ほうがんびいき)」が、橋下市長にいじめ抜かれる文楽芸人(技芸員)に向けて発揮され、弱いものいじめのターゲットを何とかせねばという思いでチケットを購入した人もいるでしょう。そうだとすれば一連の騒動も橋下市長の真意はともかくとして、ある意味「怪我の功名」だったのかも知れません。いずれにしろ一過性の繁盛ではなく、お客が持続することを祈ります。
三業と呼ばれる大夫、三味線、人形遣いが一体となって演技する文楽は、もともと人形浄瑠璃と呼ばれたように、三味線を伴奏とした大夫の語りに人形劇がドッキングしたものです。上手(かみて)の床で語られる浄瑠璃は時に声音を使い分け、なかなか聞かせます。わかりにくいセリフがあっても舞台上部の電光掲示板に字幕が現れるので安心です。一番の演し物は時代物「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」で、須磨一ノ谷における源平の争いを背景に平家物語に記された逸話を題材に取っています。熊谷次郎直実が組み伏せた平家の若武者平敦盛のあまりの若さに首を取ることを躊躇しますが、戦場の掟でやむなく首級をあげた有名な話です。この人形浄瑠璃では内容が大きく改変されていて、敦盛に代えて我が子小次郎の首を刎ね、大将源義経に差し出します。敦盛の母と小次郎の母が同席する陣屋で、義経による首実検が行われ、悲嘆が一変して喜びに変わる母と奈落の底へ突き落とされた母の様子をみて、事実を知った義経はよくぞ討ったと応えます。義経が直実に与えた「一枝を伐らば一指を剪るべし」の制札の意味を理解した直実が我が子を犠牲にしたのです。武士道の冷酷さと親子の情の葛藤を大夫は謡いあげ、人形たちの表現が観客を泣かせました。
人形遣い吉田玉女改め二代目吉田玉男襲名披露では、舞台に並んだ師匠や先輩、同僚たちの挨拶が続いたのちに、本人自身の口上がない点が歌舞伎のそれと異なりました。歌舞伎で使われるおなじみ縦縞三色の定式幕(じょうしきまく)は文楽でも使われていますが、引き方が歌舞伎とは逆で下手から上手に引いて閉じられることも知りました。観劇チケットも文楽は歌舞伎より格段に安く、プログラムも同様に安価でした。付録に大夫が語る詞章を書いた床本集も付いていてお得感満載なのは国立劇場だからでしょうか。しかし、文楽は歌舞伎より何かにつけて地味なのは否めません。人形ではスター役者になれないので致し方ありません。三業のチームワークのなせる芸術性をメッセージとして発信し、単に「古き良きもの」で終わらせない工夫が文楽の盛衰を握るように思いました。
三人遣いの人形たちと大夫、三味線の三業の協業は、病院におけるチーム医療に通じるところがあります。自治体病院では補助金頼みの運営から一日も早く脱却しないと行けない点も文楽に通じます。初見参の文楽でしたが、いろいろ感じるところがありました。
(2015.6.1)