事業管理者のつぶやき
Chapter71. 台本
市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆
その年の世相を漢字一文字で表す「今年の漢字」は毎年末の恒例行事となった感があります。消費税が増税され、さらに再増税が検討された2014年の「今年の漢字」に「税」が選ばれたのも納得です。日本漢字能力検定協会が全国公募して、最も多い票数を得た漢字に決定するのですが、事前予想では1位は「嘘」でした。この年、佐村河内守氏、小保方晴子氏、片山祐輔被告、野々村竜太郎元議員、朝日新聞社など、いずれも虚偽で物議を醸した出来事が多発しました。予想の6位には同様の理由で「偽」も入っています。実際の選考結果は「税」が1位でしたが、3位に「嘘」、9位に「偽」が入っていて、世間に与えた彼らの印象が強かったことをうかがわせます。「偽」は2007年に1位になったことがあり、食品の産地偽装、老舗料亭の賞味期限改ざん、年金偽記録、耐震偽装問題など次々と偽りが発覚した年でした。
今年になってサッカー日本代表のアギーレ監督の八百長疑惑が持ち上がり、解任騒ぎになりました。「八百長」もまた「嘘」や「偽」の類語と言えるでしょう。明治時代に八百屋(やおや)の「長兵衛(ちょうべえ)」が商売上の打算から碁の敵との勝敗を調節したことから、いかさま試合を「八百長」と呼ぶようになり、最初は主に相撲の世界で使われました。相撲の八百長試合はそれほど珍しくなかったようで、私の若い頃に、相撲好きの義父が酒を飲みながらテレビ観戦中、「あ、今わざと転んだ」などと、ホントかウソか判りませんが茶々を入れていました。今でも同じ思いを持つ人がいるようで、新聞の川柳欄で「七敗が楽日(らくび:千秋楽の日)にみんな勝つ不思議」(ナメロー・仲畑流万能川柳)を見かけました。
相撲に限らずすべての勝負事に八百長があるようで、それも洋の東西を問いません。「八百長」のことを英語では、match-fixing あるいは fixed game(match)と言い、文字通り「出来レース」なわけです。話題のサッカーの八百長について、「あなたの見ている多くの試合に台本が存在する」という刺激的なタイトルの本が出版されています。長ったらしい翻訳の原題名は「The Insider's Guide to Match Fixing in Football」で、作者のデクラン・ヒルはサッカーにおける八百長の実態を暴いた「黒いワールドカップ」(原題The Fix Soccer And Organized Crime)も著したジャーナリストです。
本書によると、サッカーの八百長には「調整型」と「賭博型」の二つのタイプがあります。前者はリーグ優勝するためや下部リーグへ降格しないためなどにフィクサーが試合を操作して、勝利か引き分けに持ち込むよう図る企みです。後者は賭博市場で大儲けするために試合を操作するわけで、この場合どちらのチームが勝とうが関係なく、ひたすら賭博で最大限の利益を得られる方向にフィクサーは動きます。昨年のワールドカップ・ブラジル大会でも八百長疑惑を持たれた試合があったそうです。サッカーファンでなくても熱中して盛り上がった大会に、水を差すような出来事で悲しくなります。
新聞やテレビや週刊誌などマスコミは、このようなスキャンダルに貪欲に食いつきます。しかし、マスコミにも往々にして台本の存在を疑わせるような報道があります。ストーリーまずありきで取材し、筋書きに合うコメントだけを引用する例もあります。先入観をもった報道は「調整型八百長」と変わりありません。とはいえ、何となく納得している読者や視聴者にも問題ありです。先入観にとらわれてはならないのは医療においても然りです。「八百長診断」とならないよう、客観的な診療の力を身につけるように私たちも努力いたします。
(2015.5.1)