事業管理者のつぶやき
Chapter61. 恋愛ミステリー
市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆
医療とくに疾病の診断はミステリーに似ています。検査データ(証拠)を積み重ねて、診断(事実)を明らかにして、治療(犯人逮捕)につなげます。医師をはじめとして医療に携わる者は、力を合わせて患者が快方に向かうよう努力しています。しかし、残念ながら誤診も少なからず起こっているのが事実です。これは検査データ不足であるとか、データの解釈ミスといった人為的な原因もありますが、患者の疾患の状態が進行するにつれ、よりいっそう正しい診断がしやすい症状や検査成績が現れて、結果的に当初の診断が誤りであることもあります。
私たちの業界で「後医は名医」という言葉があります。同じ患者を先に診察した医師(前医)より、日を経て後から診察した医師(後医)の方が必然的により多くの情報量を持ち、そのためより正しい診断を下し易くなって、患者から前医と比較して「名医」と言ってもらえることを意味します。診療所から紹介を受けた病院の医師の中には、「こんなの見逃すかねえー」などと前医を批判する者がいますが、これは謙虚さを欠いた誤った態度です。芦屋病院にこのような医師がいないよう望みます。
小説や芝居などフィクションの世界のミステリーは、医療とは異なり正解は既に判っています。作者の側からは、結末を如何に包み隠して、証拠を小出しにしながら読者や観客の興味を引っ張り続けるかに、醍醐味があり、腕のふるいどころがあります。中谷まゆみ作の戯曲「今度は愛妻家」は、薬師丸ひろ子主演で映画化もされましたが、今年は瀨奈じゅん主演で舞台公演されました。戯曲そのものは、いわゆるミステリーのジャンルには入りませんが、いくつものどんでん返しや謎解きが含まれていて、最後まで観客を魅了します。ネタバレになるので詳細は述べませんが、基本はプロカメラマン俊介の葛山信吾とその妻さくらの瀨奈じゅんとの夫婦愛を描いていて、客席からは感極まったすすり泣きも聞こえました。この夫婦にオカマのママ役の村井國男や俊介の弟子、新米モデルの女がからんで、ストーリーが進みます。それぞれの人間関係が次々と明らかになるところ、とくにオカマのママの正体が明かされるところ、そしてさくらの実態が判るところなど、まさにミステリー顔負けです。心温まるラブドラマでした。
本年度最終公演を明日に控えた夜公演終了後、出演者によるアフタートークが行われました。瀨奈じゅんと村井國男の共演者いじりや楽屋話、はては葛山信吾のカラオケまで飛び出して、予期しない嬉しいハプニングを楽しめました。
フランス映画「ある過去の行方」もまたサスペンスミステリー仕立てのラブストーリーです。3度の結婚を繰り返した妻の住むパリに、イラン人の夫が正式離婚するために4年ぶりに帰ってきます。前夫、前々夫の子に加えて、妻が今つき合っている男の息子がいる家に迎えられた夫の行動を軸に、物語は進みます。つき合っている男の妻が自殺を図り、植物状態にあることが明らかになり、何が彼女を自殺に導いたのかが、まさにミステリーとして繰り広げられます。登場人物の告白によって次々と変わる真実、まるでタマネギの皮を剥くように、いつまでも現れない真相など、イラン移民を知り尽くしたイラン人監督アスガー・ファルハディならではのタッチです。何にもまして凄いのは、本作品でカンヌ映画祭主演女優賞を取ったベレニス・ベジョの演技です。複雑な人間関係の中で、シングルマザーを続け、愛を求めて彷徨するような女の生き様を巧みに演じています。フラストレーションから、大人だけでなく子供たちにまで当たり散らす様は迫真で、こちらまでやりきれなくなりそうです。
まったく異なる味の恋愛ミステリーを鑑賞した今年のゴールデンウイークでした。(ネタをバラせなくてごめんなさい)
(2014.7.1)