事業管理者のつぶやき
Chapter59. 深川芸者
市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆
金魚は夏の風物詩ですが、早春の2月に大阪のデパートメント・ミュージアムで生きた金魚を題材にした「アートアクアリウム展~大阪・金魚の艶~」が開催されました。 大小さまざまでカラフルな金魚が、多種多様にディスプレイされ、巧妙なライトアップとともに妖艶な世界を創っています。プリズムや万華鏡を利用した展示も興味をひきましたが、「花魁(おいらん)」と名付けられた巨大金魚鉢の艶やかさ、さらに水中四季絵巻に見る和の世界にひきこまれました。江戸時代の美人画、浮世絵もかくやと思わせる艶っぽさです。巧みにデザインされた水槽と優雅に泳ぐ金魚のコラボは、木村英智プロデューサーの演出で水族館を芸術の世界に昇華させています。パッチリした目の美女が、「私、デメキンって言われていたの」とつぶやくのが聞こえたりして、楽しい会場でした。
浮世絵といえば喜多川歌麿が頭に浮かびます。彼の「雪月花」三部作の一つが66年ぶりに発見されました。発見された「深川の雪」は「品川の月」「吉原の花」とともに、江戸時代の代表的遊里と自然の美を組み合わせた作品で、明治に海外へ流出、「深川の雪」だけが日本に還流してきたようです。その顛末が先頃NHK、歴史秘話ヒストリアで放映されました。作品は畳三畳を超える大作で、深川の料亭で遊女や芸者たちが集い、雪の中庭を囲んでくつろぐ様が、鮮やかな色彩で描かれています。傷みや汚れが修復された掛け軸では、27人の美人がそれぞれ豊かな表情や動作を現し、幻の大作といわれるだけの力作です。
本所深川は江戸城の東方、隅田川左岸に位置し、江戸・東京のいわゆる下町です。江戸時代、深川は吉原とならぶ一大歓楽街でしたが、なかでも芸者は別名、辰巳芸者(深川はお城から見て東南すなわち辰巳の方向)と呼ばれ、その気っぷの良さが評判です。「芸は売っても体は売らない」が売り物の辰巳芸者の源氏名(芸名)は男名前が多かったとのことです。「意気」が「粋」に通じるいなせな芸者像が浮かび上がるではありませんか。
辰巳芸者「文吉(ぶんきち)」こと「お文(ぶん)」と恋人のちに亭主の「髪結い伊三次(いさじ)」をめぐる連作時代小説「髪結い伊三次捕物余話」は、ミステリー仕立てで下町風情を描写する短編小説集です。原則的に1冊で一年が経過するスタイルは、シリーズものによくみられますが、読者も主人公と一緒に歳を経るので安心感があります。
店舗を持たない(資金がないため持てない)「廻り髪結い」の伊三次は、副業として町方同心の手先も勤め、市井のいろいろな出来事に遭遇します。作品は捕物帖ですから、盗み、殺し、誘拐、放火などの犯罪が出てきますが、本質は伊三次とお文の恋愛小説です。しかし、係わる人々の妊娠、流産、出産、傷病そして死などを扱い、友情、愛情、嫉妬、悲嘆、憎悪など感情を織り交ぜて、人生あるいは人間そのものがテーマといえます。函館生まれ、函館育ちで現在も函館在住の作家、宇江佐 真理(うえざ まり)は自身の人生の終末まで伊三次シリーズを書き続けると広言しているので、愛読者はまだまだ彼女の世界を楽しめそうです。
(2014.5.1)