広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter58. 覆面調査員

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

医療機関の機能を第三者の立場で評価する日本医療機能評価機構という機関があります。市立芦屋病院も機構の定める認定基準を達成していることが認められ、Ver6.0(バージョン6.0)の認定証が交付され、ロビーに掲示しています。審査は書面審査と訪問審査が行われ、後者では複数の審査員が予め決められた数日間にわたって、医療現場で立ち入り調査します。職員全員が口頭試問を受けるようなものなので、審査当日の病院は張り詰めた空気がみなぎります。事実かどうか判りませんが、予告日に先立ち覆面審査員がこっそり訪れて、ふだんの状態をチェックしに来るとの噂が、まことしやかに流れたこともありました。

匿名調査による格付けといえば、ミシュランのレストラン・ホテルガイドが有名で、芦屋のレストランのいくつかは「ミシュランガイド関西」2014年版でも紹介されています。最高の三つ星レストランは、その料理を味わうためにわざわざ旅行する価値があると定義づけられています。欧米のホテルは、五つ星から一つ星までの五段階で格付けされることが多く、各国政府観光局などが決定しているようですが、統一された格付け基準はなく、あくまで目安と考えられます。

イタリア映画「はじまりは五つ星ホテルから」は、高級ホテルの設備やサービスの質を評価する女性覆面調査員が主人公です。ホテルのスターレイティングは想像を絶する厳しさで行われます。客室に入るとすぐさま白手袋をつけ、あちこちをなで回し、埃がないか、手袋が汚れないかなど意地悪な姑さながらのチェックです。電気器具などはスイッチがきちんと働くかどうか、電球の球切れがないかも調べます。コンシェルジュは当然ですが、バトラー、ウエイター、ウエイトレスをはじめ、すべての従業員が個々の顧客が期待する最高のサービスを提供しているかどうか試されます。とは言え行きすぎた過剰サービスは減点対象です。わが病院にこのような調査員が訪れたらと思うと震え上がります。その反面、一度は審査を受けて講評を聴いてみたいとも思いました。

「オテル・ドウ・クリヨン」をはじめ、名前しか知らない、あるいは名前も知らない世界各地の超豪華ホテルを次々と制覇していく主人公は、仕事で貯まったマイレージを活用してバカンスに出かけるなど、40歳、独身の私生活を楽しんでいます。しかし、女性にとって微妙な年齢を迎え、複雑な人間関係や感情のもつれなどをマリア・ソーレ・トニャッツイ監督(1971年生まれ)は同性、同世代ならではの視点で、淡々と描いています。

この調査員のようにビジネスで航空会社やホテルのマイレージが貯められるのは羨ましいかぎりです。そう言えば、アメリカ映画でそのものずばりの題名「マイレージ、マイライフ」(2009年)では、冷酷なプロの「リストラ宣告人」として全米を飛びまわるジョージ・クルーニーは、マイレージ1.000万マイル達成を目標とする役柄でした。両映画とも冷静な職業人がマイレージ・サービスに心を奪われているのは皮肉です。ユーザーを自社製品の購入に囲い込む「ポイント・サービス」や「マイレージ・サービス」はいずれも和製英語で、英語ではRoyalty programやFrequent-flyer programと称するマーケティング手法です。消費者心理の研究者によれば、ポイント・プログラムでポイントを貯め始めた時は、特典を目標にしていた消費者もポイント数が増えるにつれ、ポイントを貯めることそのものに喜びを見いだすようになるそうです。まさに思うツボにはまっています。

国民皆保険制度が崩壊するような暁には、医療界にもFrequent-patient program が出現するかも知れません。くわばら、くわばら。

(2014.4.1)