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事業管理者のつぶやき

Chapter53. 古書店ミステリ

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

古書店にまったく縁のなかった私ですが、阪神大震災で被災した折、保管場所に困った蔵書の処分で訪れたことがあります。創刊号から持っていた「エラリークイーンズ ミステリ マガジン(後にハヤカワ ミステリ マガジンと改名)」約500冊を買い取ってもらいました。同時に処分した漫画「サザエさん」の初版本の方が意外と高値だったのに驚いた記憶があります。稀覯本ともなるととてつもない値がつきますから、古書店にはマニアなら垂涎の的の宝が埋もれていることでしょう。古書や古書店が稀覯本をめぐるミステリのネタや舞台に登場するのも納得できます。

三上延の「ビブリア古書堂の事件手帖」(メディアワークス文庫)シリーズは鎌倉で古書店を経営する美貌の女性が、貴重な古書をめぐる謎を持ち前の知識と想像力で次々と解決します。極端な人見知りの女主人の下で働く青年が物語の語り手ですが、彼女によせるほのかな恋心をからめて、シリーズは展開していきます。2012年に文庫本としてはじめて本屋大賞にノミネートされた経緯を持つライトノベルだけあって、肩も凝らずに読破できます。漫画化され、テレビドラマ化されて有名になりましたが、主演の剛力彩芽の言動が物議を醸したこともありました。

同じくテレビドラマ化された古書店を舞台のミステリに、小路幸也のシリーズ「東京バンドワゴン」(集英社)があります。70年続いた東京下町の古書店「東京バンドワゴン」をめぐる事件の数々が次々と解決される様を、高齢の店主堀田勘一の亡妻(幽霊)の目を通して描かれています。語り手がなにしろ幽霊ですから、自由自在に出没して話が進みます。明治から三代続くこの書店、家訓のひとつに「文化文明に関する些事諸問題なら、如何なる事でも万事解決」を掲げ、いろいろなもめ事を家族で解決していきます。シリーズは初回作を除き、それぞれ「シー・ラブズ・ユー」「スタンド・バイ・ミー」「マイ・ブルー・ヘブン」「オール・マイ・ラビング」「オブ・ラ・ディ オブ・ラ・ダ」「レディ・マドンナ」「フロム・ミー・トゥ・ユー」とポップなスタンダードナンバーのタイトルが続きます。四世代が同居するこの一家、愛人の子やシングルマザーの娘なども含めての大家族ですが、音楽的な才に恵まれていて、古本屋の隣で経営するカフェでは時々ライブもやっています。

何しろ戦前の大家族制度を絵に描いたような一家が主役ですので人間関係が複雑で、巻頭には家系図や登場人物の相関図が載っています。「レディ・マドンナ」では相関図に加えて、店舗付き自宅の間取りや家族の住む隣のマンションの図面まで付きました。シリーズが進むにつれ作者の思いつきで現れるのではないかと思われるほど、登場者が増えるので、込み入った人間関係や雰囲気を理解するためのオマケでしょう。各巻、「春」「夏」「秋」「冬」の四章から成り、一巻ずつみんな年齢を重ねて行くしくみです。ミステリといっても殺人などの血なまぐさい事件は皆無で、店主の一人息子の還暦の金髪ロッカーである我南人(がなと)の口癖「LOVEだねえ」の心が全編を流れるノスタルジックなライトノベルです。

芦屋病院外来ロビーには古書ではありませんが、貸し出し自由の図書の本棚があり、病院ボランティアの皆さんが管理しています。ここでもコミックに次いで西村京太郎や赤川次郎のミステリなどに人気があるようです。いずれも活字が大きくて持ちやすい新書版が良く読まれていて、持ちにくいハードカバーの単行本でも読まれるのは瀬戸内寂聴や田辺聖子の作品だそうです。患者層に根強い女性ファンが多いのかも知れません。

(2013.11.1)