事業管理者のつぶやき
Chapter44. 介護
市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆
団塊の世代が高齢者の仲間入りをするようになり、本格的な高齢化社会に突入しました。気のせいか、最近封切られる映画も、老人や介護をテーマにした作品が少なくありません。主演のアンディ・ラウが自らプロデュースした香港映画「桃(タオ)さんのしあわせ」もその一つです。比較的地味な作品にもかかわらず、公開後徐々に人気上昇し、上映館を変えてロングランを続けました。アクション俳優のアンディが良家の息子ロジャーを演じ、幼い頃から世話になった家政婦の桃さんが脳卒中に倒れ、その介護に尽くすストーリーです。60年間奉公した家政婦を演じるのは、この映画でヴェネツイア国際映画祭主演女優賞を得たディニー・イップです。身寄りの無い彼女が、プロ意識を持った家政婦として、日常業務を淡々とこなしていた様は容易に想像がつきます。原題の"A simple life"は桃さんの過ごしてきた人生を象徴しているのでしょう。何事にも頑なな桃さんですが、主人一家に限りない愛情を注いでいたことは画面から伝わってきます。だからこそ彼女がかけがえのない存在であったことに気付いたロジャーが桃さんの介護に奔走したのでしょう。
親子以上の愛情や絆で結ばれたディニー(桃さん)とアンディ(ロジャー)をめぐる感情の流れや静かな時の流れが、観客の共感を呼び、感動を起こさせます。このように血縁をこえて介護や養育が出来るのは、人間の特性です。人間とチンパンジーの間にはわずか1.6%の遺伝子の違いしかありませんが、チンパンジーは子育てをしても仲間の介護はしません。ゴリラやボノボなど他の霊長類も同じです。むしろチンパンジーはヒトよりも暴力的ですらあります。生と死を身近に感じつつ、介護や看護を行っている医療従事者は、もっとも人間的な仕事をしていると言えるでしょう。
どんな人間にも等しく訪れるのが老いと死です。人と人とが一緒に過ごせる時間はとても短い期間です。大切な人を亡くした者が死者に再会したいという思いは誰しもが持っています。下北半島恐山を訪ねて、霊媒師イタコの口寄せを頼む人が絶えないのも無理からぬところです。一生に一度だけ生者と死者との再会をかなえてくれるという「使者(ツナグ)」をテーマにしたファンタジー小説が、辻村深月「ツナグ」(新潮社)です。映画化された同名作では、樹木希林が「ツナグ」役を、松坂桃李がその後継者となる孫の役を演じました。がんの告知が出来ずに死んでしまった母に会いたい中年男性、喧嘩別れのまま事故死した親友に聞きたいことのある女子高生、プロポーズ直後に失踪した恋人の安否を知りたいサラリーマンの3組6人のエピソードが順次披露されます。観る前は荒唐無稽と期待していなかった私でしたが、それぞれのエピソードの展開とともに画面に引き込まれました。死者と会うことにより、胸のつかえ、わだかまりが解決され、ジーンと来る感動が与えられました。ミステリーの謎解きに似たところもあり、エンターテイメントとしても佳作でした。死者との再会の場に、私のお気に入りのホテルニューグランド旧館の一室が用いられていたのも、クラシックな雰囲気がよく生かされていました。そう、第二次世界大戦後、進駐軍(今では死語に近いですが)のマッカーサー元帥の専用室があった歴史的なホテルです。
小説や映画の「ツナグ」は生者と死者の仲介者ですが、私たち医療者はある意味、患者と近親者とを「繋ぐ(つなぐ)」役割も担っています。患者の痛みや悩みを知り、理解できる立場の職業人として、家族の疑問に答え、両者の気持ちの仲介ができる必要があります。これからも皆さんの要望に応えて、「繋ぐ」役目を果たしてまいります。
(2013.2.1)