広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter42. 教育者

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

今年の大きな話題のひとつに「いじめ問題」がありました。とくに滋賀県大津市で起こった中学生の自殺は、その陰惨で執拗ないじめの実態が明らかになるにつれ、教育界は言うまでもなく社会を震撼とさせました。「いじめ」そのものは決して新しいものではなく、私たちの子供の頃でも存在しましたし、おとなの社会でも程度の差こそ見られるものの決して皆無というわけではありません。

また、古今、洋の東西を問わず学校で「いじめ」が存在したことは、帝政ドイツにサッカーを紹介し、後に「ドイツ・サッカーの父」と称される英語教師コンラート・コッホを描いた映画『コッホ先生と僕らの革命』でもストーリーの柱のひとつとなっていることであきらかです。名門校のエリート学生による労働者階級の子弟である生徒へのいじめが、当時ドイツの敵性国であったイギリス生まれのスポーツ、サッカー導入への反発と絡み合って映画は展開します。反英感情渦巻く中で、サッカーの持つ差別や偏見のないチームプレーの精神とサッカー用語を通じての英語教育を推進したコッホ先生は、紛れもない教育者であり、教職解雇の危機を乗り越えながら映画はハッピーエンドを迎えます。いじめの加害者も被害者も力をあわせてサッカーゲームに興じていきます。見終わった後、そっと目頭を拭う女性観客の姿も散見しました。昨今の悲惨な「いじめ」の結末を知る私たちには、たとえフィクションが混じっていたとしても、ホッとする瞬間でした。

映画『ぼくたちのムッシュ・ラザール』は、コッホ先生とは違った意味での教育者の役割を感じさせてくれます。カナダ・モントリオールの小学校を舞台に、担任の女教師が教室で自殺というショッキングな出来事に傷つく生徒達と、後任の代用教員ラザール先生の交流が描かれます。アルジェリア系移民のラザール先生は、母国からの亡命の際に愛する家族を失う悲劇を経験し、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えています。担任教師の自殺を目撃した幼い生徒達もまたPTSDで、不安定な精神状態を示しています。時代遅れで、不器用なラザール先生ですが、ともに親しい人の死に直面し、これを乗り越えなければならない共通体験があるからでしょう。生徒達の信頼を徐々に取り戻していきます。生徒の心情が理解でき、心からうち解けることができるのは、教育のテクニック以上に教育者として必要な資質だと教えられます。

市立芦屋病院は臨床研修病院として新人医師の臨床教育を担っています。また、医学部、薬学部、栄養学部の学生達や看護学生、リハビリテーション学校生が、常時当院でそれぞれ医師、薬剤師、管理栄養士、看護師、理学療法士などをめざして研修や実習に来ています。彼らの教育を担当する職員達の責任は、一般の学校教育とはニュアンスは異なりますが、学生に与える影響という意味では、何ら変わりはありません。一人一人が教育者としての自覚を持って、研修生、実習生たちと心を通わせ、後進の指導にあたらねばならないと考えます。

(2012.12.1)