広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter40. テルマエ・ロマエ

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

この春から夏にかけて、阿部寛主演の映画「テルマエ・ロマエ」が大ヒットしました。原作はご存じヤマザキマリの人気漫画で、現代日本にタイムスリップした古代ローマ浴場設計技師が主人公の荒唐無稽なコミックです。日本の公衆浴場文化(?)を古代ローマの大浴場設計に次々と採り入れ、絶賛を博すお話ですが、こうしてあらためて取り上げられると、私たちが当たり前と考えているフロ好き国民性もいいものだなと思えます。ヤマザキマリの夫はイタリア人ですので、「テルマエ・ロマエ」は夫婦合作の感があり、夫はきっと日本のフロに心酔したのではないかと想像します。そういえば30年以上も前のことですが、自宅の近所に住むアメリカ人と親しくなったところ、彼も無類のフロ好きで一緒に銭湯に出かけたり、温泉旅行にも行ったりしたのを思い出します。欧米人といえども、公衆浴場の開放感にハマってしまうのでしょう。

わが国の文化は、古くは大陸から移入され、近世になってからも主として欧米諸国の西洋文化を取り入れ、日本流にアレンジしてきました。外国の文化・文明を輸入し、これらに改善改良を加えて輸出する器用さは、自動車や家電製品を例に挙げるまでもなく日本のお家芸です。漫画、アニメ、映画で一大ブレークした「テルマエ・ロマエ」のおかげで、外国文化コンプレックスに陥りがちな私たちに、日本で生まれた大衆文化を見直す機会になったというのは大げさでしょうか。

実は日本からの輸出文化にはまだまだ誇るべきものがありました。東京からスタートし、京都、三重で開催された美術展「KATAGAMI STYLE(型紙スタイル)」を丸の内の三菱一号館美術館で早々に鑑賞できました。鎌倉時代に出現した「染め」の技法である型紙染は、その後染めの大きな流れとして定着しました。男性だけでなく女性の着物に、小紋や中形といった型染めが流行し、その様は浮世絵の登場人物の衣装でよく判ります。これらの美しい図柄の着物や布地だけでなく、オリジナルの型紙そのものも会場いっぱいに所狭しと展示されていました。この型紙の図柄、手法は、なんと海を越えて欧米諸国に影響を与えていたのです。

19世紀末に型紙はイギリスに伝えられ、菊文様、松葉文様、蔦文様などの細かな連続模様などは、イギリスを経てアメリカにも伝播し、あのティファニー社の御曹司である宝飾デザイナーのルイス・カムフォート・ティファニーなどの作品に影響を与えています。しかも型紙デザインはテキスタイルや壁紙などにとどまらず、家具、文房具、ステンドグラスにも採用されました。ルイス・ティファニーによるシェードにステンドグラスを使ったランプなどは、たしかに息をのむような美しさです。時あたかもアールヌーヴォーの時代のフランス語圏では、ジャポニズムと相俟って、型紙のデザインが多種多様の物品に用いられたようです。宝飾品や花器、ポスターの図柄などに、その洗練された美しさを見ることが出来ます。産業的にも工芸デザインとしての価値が認められ、多数の型紙がコレクションされています。その結果、今日の美術展が開催できたのですから、海外に流出した浮世絵コレクション同様に、日本の芸術が外国で保存されたことを喜ぶべきでしょう。

型紙コレクションは、ドイツ語圏であるドイツ、ベルギー、オーストリアにも所蔵されています。19世紀の江戸時代にオランダを経由して来日したドイツ人医師フィリップ・フランツ・フォン・シーベルトは、当時の西洋医学を日本に伝える一方で、日本文化に関わる多岐の事物を収集し、オランダに持ち帰っています。その中にはもちろん型紙コレクションも含まれていました。シーボルト以後にも、明治時代に東京医学校の講師として招聘されたドイツ人医師エルヴィン・ベルツもまた親友シーボルトの影響を受け、日本美術品の蒐集に努めたようで、リンデン博物館所蔵の約千枚の型紙コレクションの80%以上は彼が寄託したものだそうです。

現代の日本の医学の礎を造った先人外国人医師達が、ヨーロッパにおける日本の型紙デザインの伝承に関与したことを知り、「型紙スタイル」によりいっそうの親近感をおぼえました。

(2012.10.1)