事業管理者のつぶやき
Chapter39. オンナの恋は・・・
市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆
NHKテレビ火曜10時台の番組「ドラマ10」は、NHKにしては珍しく屡々ドロドロした内容のドラマをショート・シリーズで取り上げています。6月から7月にかけてのシリーズ「はつ恋」もその一つで、セリフに「オンナの恋は『上書き・保存』」という言葉が飛び出しました。女性は恋を繰り返す度に、過去の恋人をすっかり消去してしまい、今の恋人が上書きされるというのです。ある飲み会でこの言葉を紹介したところ、女性陣は一様にうなずき、「まったく、その通り」と肯定しました。「ふーん、そんなものか」と思う私に対して、参加していた若い男性システムエンジニアから、「オトコの恋は『コピペ(コピー・アンド・ペースト)』ですよね」との追加発言がありました。男性は恋をしても過去の恋人をちゃんと保存して時には思い出したり、比較したりするという訳です。『上書き・保存』で消去されてきたオトコの側の一人としては複雑な気持ちを持ちますが、『コピペ』とともにコンピューター時代ならではでの比喩の仕方に、男女の心の違いをうまく表現していると感心しました。
男女は心だけでなく、身体も大きく異なることはいうまでもありません。身体の違いは外見上にとどまりません。男女それぞれに特有な臓器の病気は当然ですが、同じ臓器であっても男性と女性で罹りやすい病気が違うものが沢山あります。たとえば自己免疫疾患や骨粗鬆症などは明らかに男性に比べて女性に多い病気です。がんも胆嚢がんと結腸がんを除くと、男性の死亡者は女性のそれをはるかに上まわります。食道がん患者の男女比は約7対1で圧倒的に男性優位です。もっとも男性の乳がんはきわめてまれにしかありません。罹りやすい病気だけではありません。検査値も男女で正常域が異なるものも多く、閉経後の女性ではコレステロールの急上昇が見られることから、いわゆる悪玉コレステロール血症の診断基準にも男女差を設けるべきであるとの意見も出ています。さらに同じ医薬品であっても、その効果に男女差があるものがあることも判ってきています。
このような男女の性差を考慮して病気や病態を考えることを「性差医療(Gender-specific Medicine)」と言います。性差医療はもともとアメリカで生まれ、発展してきました。それまでの医学では、成人男性を標準として病気の動態、診断基準、治療方法などが確立してきましたが、妊娠・出産の時期に投与された薬剤の母児への影響などを機会に見直しの声が上がりました。つまり全人類のためと思っていた医療が実は男性向けに確立されたものであることに気付いたのです。アメリカに約20年出遅れていた日本の性差医療ですが、十数年前から大学病院で「女性専門外来」が開設されるなど、女性特有の病態として性差を考える医療が開花しています。以前、話題にした「分子標的治療」同様に、いまや性差も加味したオーダーメード医療が生まれようとしています。
本来の性差医療は必ずしも女性重視の医療というわけではありません。女性ほど顕著な症状は無くても「男性更年期」があるように、「女性」「男性」の両方の視点で性差医療を実践していく必要があるでしょう。ちょうど、『上書き・保存』と『コピー・アンド・ペースト』の関係のように(笑)。
(2012.9.1)