広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter28. 座布団返し

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

大中小の三つのホールから成る兵庫県立芸術文化センターは、通称「芸文ホール」の名で地元住民から親しまれ、クラシック音楽をはじめ各種演劇・芸能の公演が行われる素晴らしい劇場です。「阪神間モダニズム」を伝承する建築と活動内容だと言うのは褒めすぎでしょうか。センターの芸術監督である佐渡裕さんは、今年ベルリンフィルを指揮して国際的にも名が知られました。彼のプロデュースするオペラが楽しみで、定例公演に毎年出かけています。今年のオペレッタ「こうもり」も大変楽しく、昨年のオペラ「キャンディード」でもナレーター役を務めた桂ざこば師匠が、今回も狂言回しとして出演し、みんなを笑わせてくれました。「佐渡裕は小澤征爾を超えた」などのアドリブも飛び出し、大受けでした。

盛夏の土曜の午後に、師匠の一門である桂吉弥の独演会が芸文センターで開かれ、暑気払いをしてきました。実は真打ちの落語をライブで聴くのは初めての経験で、期待も大きかったのですが、さすが完売・満員御礼になっただけのことはあります。演し物は、「桃太郎」「狐芝居」「遊山船」の三席で、自宅が武庫之荘というだけに、地元密着の話題をマクラに持ってきて、おおいに客席を沸かせてくれます。噺もさることながら私が気になったのは、噺家の退場毎に登場し高座の座布団をひっくり返す弟子の所作でした。高座の座布団を返し、羽織や湯飲みを片付け、演者名の書かれたメクリの紙を返します。これらの一連の動作は「高座返し」と言われ、一番下の「前座」落語家の担当です。他にも「前座」の仕事として、お囃子の太鼓も敲かないといけません。落語家には、一般に「前座見習い」、「前座」、「二つ目」、「真打ち」の序列があります。上級者の下働きをしながら、芸を見習って上達する封建的なところなど、外科医の世界に似ています。「研修医」、「レジデント」、「手術助手」、「術者」のようなものでしょうか。

「高座返し」の中の座布団をひっくり返すことなど単純な作業だと思われますが、厳しい決まりが存在しています。座布団の三方にある縫い目を客に見せないように返す、座布団を返したときの風を客席と反対側の自分の方に送って客席にチリひとつ飛ばさないようにする、などです。いずれもお客に失礼をしないという心構えを基本に、顧客への感謝と仕事への愛情の表れと見ることが出来ます。私たちの職場においても見習わなければいけないことです。私が産婦人科医師になりたての頃、当時の教授から「女性を診察するのだから、身だしなみを整え、ネクタイは必ず着用するように」と言われました。時代錯誤の封建的な医局で、私たちは反発することも多かったのですが、この教授の言葉は今も守っています。

さて吉弥師匠、本業の落語はもちろんのこと、連続テレビ小説「ちりとてちん」や「ウェルかめ」に出演するなど、ドラマ、映画、舞台に大活躍です。芸が達者なだけでなく、見た目が良い、つまりハンサムなのもその大きな理由でしょう。先頃、病院職員の有志30人が集まって、「芦屋病院の現状分析」、「将来像」、「今為すべきこと」についてワークショップをしました。「病院の夢」を語る中に、「美人看護師、イケメン医師のいる病院」が飛び出し、やっぱり「見た目が大事」と大笑いしました。「見た目も大事」ですが、見た目に負けない顧客(患者)満足度の高い病院作りを心がけます。来年もまた8月に「桂吉弥独演会」は芸文ホールで開かれると決まっているそうです。

(2011.10.1)