広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter27. ピロートーク

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

「枕草子」は「源氏物語」とならび、平安時代の女流作家 清少納言による古典名作で、外国語への翻訳も多数行われています。私は不謹慎にも、「枕草子」が「ピロートーク(pillow talk)」と訳されていたら面白いなと思いましたが、英訳は「ピローブック(pillow book)」、フランス語訳は「Les notes de chevet(chevetは枕元の意)」でした。しかし、あったのです。清少納言を10世紀のブロガーだと紹介している「枕草子」英語翻訳本では、「ピロートーク(pillow talk)」と訳されていました。「ピロートーク」は夫婦や恋人たちの交わす「睦言」ですから、こんな艶めかしい訳をされれば清少納言も苦笑するしかないでしょう。

落語で「枕」と言えば、本題に入る前のいわばプロローグで、聞き手の心をつかむ噺家の腕の見せ所です。さて、本題の「ピロートーク」は文字通り「枕の話」です。枕は大昔から生活必需品として使われていて、古代エジプト遺跡の発掘調査でもミイラとともに副葬品として枕が見つかっています。ほ乳類の中で人間だけが仰向けに寝ると言って良いようですが、なぜそうなのかはよく判りません。ただ、仰向けに寝ることが多いので枕が必要になったのは事実のようです。頸椎の間には椎間板があって、骨の間から出た多数の神経が頭部や上肢に分布しています。このため、仰向け寝には限りませんが、睡眠中の首の状態によって、これらの神経が圧迫され、後頭神経痛や肩こり、腕のしびれなどが起こることがあります。

数年前にNHKがその番組「ためしてガッテン」で、安眠できる枕をテーマに取り上げました。首がもっとも休まる姿勢とは、枕によって首が水平面から15度に保たれた状態だそうです。番組ではわずかな角度の増減でも、椎間板が変形し、リラックスできないと証明していました。安眠は枕の角度だけで決まりません。寝返りを打ちやすいことも枕の大事な条件です。当然、枕の素材が重視されるわけです。枕の材質は多種多様で、蕎麦殻、籾殻、小豆などの穀類、羽毛、陶器、発泡天然ゴム(ラテックスフォーム)、ポリエステル、ポリウレタンなどの合成石油化合物、さらに菊の花や砕いたヒノキなども使われています。菊やヒノキは香りによる癒しの効果も期待されます。枕専門店では百種類以上を取りそろえているところもあるそうです。私が東京出張でよく使っていたホテルでは、蕎麦殻、羽毛、ファイバーピローを、客の好みに合わせて提供していました。

市立芦屋病院の新築工事も佳境に入っています。来年完成の新病棟では、患者の好きな枕が選べるような、きめ細かな心配りの出来る病院にしたいものだと思っています。

(2011.9.1)