広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter25. コミュニケーション

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

CD、MDについて解説を必要としないデジタル世代の若い人に、SPやLPと言っても「?」でしょう。私の年代であれば誰もが、SP、EP、LPと来ればCDと同じ音楽媒体であるレコードのことだと判ります。義父のコレクションであったSPレコードのクラシックの名盤が震災で家屋全壊にもかかわらず無事残り、マニア垂涎の的とのことでお貸ししたこともあります。一枚の演奏時間が短いので、レコード盤をひっきりなしに取り替えないといけないし、針音のひどいSPレコードなど、ど素人の私からはその価値がよく判りません。私が中学時代に初めて買ったLPレコードは、クラシックに詳しい友人の薦めで、フルトヴェングラー指揮のベートーベンの交響曲第6番「田園」でした。あのカラヤンの前にベルリン・フィルの音楽監督を務めた名指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは、わが国では「フルヴェン」のニックネームで愛されましたが、今年は彼の生誕125周年なので多くの記念行事が行われます。加えて、今年はフランツ・リスト生誕200年記念で、活躍したドイツやオーストリアはもとより、日本でも記念行事が計画されています。今年は、クラッシックファンにとって、当たり年かも知れません。

交響曲「田園」で代表されるように、クラシック音楽は聴覚から脳に働きかけ、作曲家の伝えたい情景を聴衆の頭の中に想像させます。ここには言語は介在しません。クラシックバレエの世界は、音楽に視覚を加えて観客の想像力を高めていますが、ここでも振り付け師の意図を理解するための言語は不在です。言語不在で視覚に頼る芸術という意味では、バレエと無声映画には共通点があります。無声映画時代に観客の想像力を動員し、笑わせ、泣かせ、悲しませた稀代の名優チャールズ・チャップリンの表情や仕草から、ルーツをクラシックバレエに求めることに無理はありません。実際、フランスの振り付け師ローラン・プティはチャップリンの名作を、「Charlot Danse avec Nous(チャップリンと踊ろう)」のタイトルでバレエとして再現しました。主演ルイジ・ボニーノの引退を控えて、周防正行監督がバレリーナの妻草刈民代を共演者に制作した映画「ダンシング・チャップリン」では、無声映画とバレエのものの見事な融合をチャップリンを演じる俳優たちを通して見ることが出来ます。もっとも、映画を見た若い女性から、「先生の時代は無声映画だったのでしょうね」と言われたときは大ショックで、思わず「違うわい、もうトーキーになっていた」と言い返しました。彼女は「トーキー」がなんたるかも知らないようで、無言の反応に私は二重にショックを受けました。

音楽やバレエなど芸術の世界では、言語は必ずしも必要ではなく、否、むしろ言語の力を借りないで作品を表現する方が芸術性を高めるようです。一方、私たち医療の世界では、言語はもっとも重要なコミュニケーション・ツールで、これを無くして良い医療を行うことは出来ません。如何に正確に患者の訴えを聴き取り、医療従事者間で診療情報を共有すること、診断や治療方針を患者や家族に説明するのに、言語は欠かせないツールです。正しい日本語の継承を大切にしたい所以です。

日本語だけではありません。芦屋市には約2千人の外国人が住んでいます。世界の公用語人口をみると英語が飛び抜けていて、英語を母国語とする人口3億5千万人の4倍もの14億人が公用語として英語を使用しています。英語は世界語と言っても過言ではない状態です。市立芦屋病院では外国人患者のために国際外来を開設し、英語の堪能な医師、看護師を配置しています。外国人患者がコミュニケーション不足で不安を覚えたり、誤った医療が行われないように配慮しています。また「りんくう医療センター 医療通訳グループ」の協力を得て、医療英会話教室を毎月開催し、職員の研鑽に努めています。

(2011.7.1)