広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter22.

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

巨匠 黒澤明監督の晩年の作品「夢」(1990年)は、すべてが「こんな夢を見た」で始まる全八話のオムニバス形式の映画です。いずれもカラフルな画面に監督自身が見た(?)夢が繰り広げられる、ある意味で贅沢な作品と言えます。それぞれのエピソードは趣を異にしていますが、黒澤作品特有のアクの強さがぬけていて、遊び心が溢れているように見受けられます。なかでも第八話の「水車のある村」は、まったりとした流れの中に人生の終焉を平穏に迎えたいという願いがかいま見え、印象深く感じました。宮崎駿のアニメ「もののけ姫」(1997年)のワンシーン、豊かな森に宿る樹の精「こだま」が飛び交う場面に、「夢」の水郷シーンのほのぼのとしたイメージを彷彿させると思ったのは私だけでしょうか。なんと1993年に行われた黒澤明監督と宮崎駿監督の対談で、宮崎駿は「夢」の水車のシーンへの憧憬を語っています。

夢は睡眠中、それも身体全身は脱力状態でも脳の一部が活発に活動しているレム睡眠時に見ると言われますが、実は大脳の活動がほとんど停止しているノンレム睡眠中でも見ることが判ってきました。脳波の解析で夢を見るメカニズムは徐々に解明されているようですが、なぜ夢を見るのかはよく判っていません。それどころか睡眠そのものについても未知のことが多く、「なぜ眠るのか」についても明確な解答が得られていません。そうは言っても長時間の覚醒状態は脳内に睡眠物質を蓄積させることが判っていて、数十種類の睡眠物質が判明しています。その一つプロスタグランディンD2(PGD2)は大阪バイオサイエンス研究所で先駆的な研究が行われています。PGD2はノンレム睡眠を自然に誘導することが証明されていますが、睡眠誘導物質を始めとする脳科学の研究が分子レベルで進めば、夢のコントロールも夢ではなくなるかも知れません。

夢は通常モノクロ画面で現れると言います。とは言え、多くの人が色つきの夢を見た経験があるはずです。なぜ夢に色がつくのかも解明されていません。色彩に関心の深い人がカラーの夢を見ると言う説もありますので、「夢」の八つの物語が全部カラーの黒澤監督などは、職業柄人並み以上に色に関心があったのかも知れません。もっとも手術の鎮痛鎮静目的で、ある種の麻酔剤を注射すると色つきの悪夢を見ると言われています。色彩への関心だけで、夢の着色を説明するのも無理なようです。

ふつうに「夢」と言えば、「よい夢」を指します。英語でも「悪夢」は"bad dream"または"nightmare"であり、"dream"とは区別されます。多くの夢は、人々の「こうありたい」「こうあって欲しい」などの願望の現れと考えられ、これを深層心理面から追求したのがフロイトです。フロイトの精神分析は精神科領域だけでなく、生物学や社会学など多くの分野に影響を及ぼしました。

では芦屋病院の「夢」は何でしょうか。私の思い描く病院像は、「安心・安全のシームレス医療」、「ICT活用医療」、「医療行政のシンクタンク機能」です。シームレス医療とは、疾病の予防・健診に始まり、芦屋病院における急性期医療、連携施設での療養、在宅医療、訪問看護, さらにがん患者の緩和ケア医療など、地域住民に人生の終末期まで切れ目無く安心できる医療を提供することです。ICT(情報通信技術)の活用は、電子カルテや画像保存通信システムなど病院内ネットワークにとどまらず、連携医療機関との間にネットワークを構築して、患者情報の共有(どこでもMY病院)でより精確で利便性の高いシステムが期待できます。ロボット手術や遠隔病理診断(テレパソロジー)は、診療レベルを間違いなく向上させるでしょう。病院は、医師、看護師、薬剤師、検査技師、放射線技師、理学療法士等々、国家資格を持った多職種の集団です。これらの技術・知能集団を活用し、健康や福祉に関係する市の行政各部門、たとえば保健医療助成課、健康課、消防本部救急、学校教育部・社会教育部などと組織横断的に連携を図れば、国際文化住宅都市にふさわしい医療環境も実現できます。

夢を夢に終わらせないために、知恵を絞り、工夫を重ねてまいります。

(2011.4.1)