名誉事業管理者(前事業管理者)のつぶやき
Chapter201.スープ NEW
市立芦屋病院名誉事業管理者 佐治 文隆
戦後の復興途上であった私の少年時代は、フルコースの洋食を食べることなどはごく稀な出来事でした。外食で出されるコース料理には必ずと言っていいほどスープが供され、子供心にスープはなんとなくハレの日の一品感覚でした。英語のスラングで「soup and fish(スープと魚)」はタキシードなど男性の正装を意味し、フォーマルディナーがスープと魚料理から始まることに由来します。食べ盛りの若者には、ポタージュスープの方がボリューミーでうれしく、コンソメスープは頼りなく思ったものです。コンソメスープがいかに食材の旨みを凝縮させ、卵白を使って澄ませるなどの大変な手間がかかっている事を知ったのは、大人になってからのことでした。シェフたちはスープの作り方にこだわりのある人も多いようで、「Too many cooks spoil the broth(料理人が多いとスープがまずくなる)」との諺も生まれています。
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私が受けている人間ドックでは、検査が終わるとサンドイッチの軽食が出ます。その時「スープはコーンスープにされますか、それともミネストローネですか」と訊かれ、私は必ずミネストローネを選びます。とろみのついたコーンポタージュも決して嫌いではないのですが、朝から絶食の身にとって、具だくさんの野菜スープはとても魅力的です。小説家、エッセイスト、写真家など多彩な活躍をする片岡義男は、そのものズバリ小説「ミネストローネ」で、出版社の編集員の女性が64年型シボレー・インパラを駆って九州へ向かい、作家の編集担当者としての出来事を片岡流に描きます。
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イギリスで結成されたバンド「10cc」の曲「Life Is a Minestrone」(1975年)は「人生は野菜スープ」と訳されています。「人生はいろんなことがあり、ゴタゴタと煮詰められて美味しくなる」内容の歌詞が小気味の良いリズムに乗って流れます。片岡義男は同名の「人生は野菜スープ」のタイトルで三つの短編小説を著しています。1976年の第1作、2015年の第2作そして2021年の第3作です。短編集「これでいくほかないのよ」(亜紀書房2022年)に収録された第3作を除いては、今や紙媒体の書籍は入手不能で電子図書でないと読むことが出来ません。三作品の主人公はいずれも女性で、第1作は娼婦、第2作は作家、第3作は雇用契約満了で実家に戻って求職中です。三人のヒロインに共通しているのは、考えが自立していることでしょう。さらにどの作品も共通して、ストリーが終わる場面に「野菜スープ」が登場します。人生はそれぞれ置かれた境遇が色々あっても、その時その時に対処しながら、しなやかに暮らしている主人公の日常を切り取って描写しています。人生の多様性を受け入れ、その中で自由を愛し自由に振る舞う女性たちを描いた魅力的な短編ばかりです。
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片岡義男は3作目のあとがきで、小説「ミネストローネ」を加えると「人生は野菜スープ」という題名で四つの短編が出来たことになり、さらにこの続きも書きたいと述べています。同じタイトルの作品を継続して作り、短編小説集「人生は野菜スープ」が出版されたら、真っ先に書店へ走ろうと思います。

(2026.5.4)