広報誌HOPE Plus

名誉事業管理者(前事業管理者)のつぶやき

Chapter199.ナイチンゲール NEW

市立芦屋病院名誉事業管理者 佐治 文隆

2022年2月にロシア連邦がウクライナに軍事侵攻したことで始まった戦争は、丸4年を経た今も解決に至っていません。これに先立ち2014年にロシアはウクライナ領のクリミア半島に軍事介入し、一方的に併合を宣言しています。ロシアがクリミア半島領有に固執するのは、不凍港セヴァストポリ港を拠点にロシア黒海艦隊が地中海を通じて世界に出撃できるためといわれます。ロシアの南下政策は今に始まったことでなく、1853年に帝政ロシアがオスマン帝国に戦争を仕掛け、イギリスとフランスおよびサルデーニャがオスマン・トルコを支援して戦争が行われ、クリミア半島がその舞台となりました。いわゆるクリミア戦争です。

クリミア戦争といえば、ナイチンゲールが活躍した場として知られています。イギリスの裕福な上流階級の令嬢として生まれ、当時召使い同様の扱いを受けていた看護婦を志し、クリミア戦争で献身的な働きをして「クリミアの天使」と称されました。フローレンス・ナイチンゲール(1820年−1910年)は近代看護教育の祖であり、看護師の鑑として、また医療統計学者としても優れた業績を残しています。そのナイチンゲール(フロー)を主役に、イギリスのドルーリー・レーン劇場に出没する伝説の幽霊(グレイ)を狂言回しにした伝奇コミック「黒博物館 ゴースト・アンド・レディ」(藤田和日郎)が2015年に出版されています。ストーリーは生霊や死霊が出没するまったくのフィクションですが、ナイチンゲールにまつわる部分はある程度史実に基づいた記述がなされています。クリミア戦争時、イギリス軍の後方基地と野戦病院があったトルコのスクタリに、看護婦団を率いて赴いたナイチンゲールは不衛生で資材不足の劣悪な環境に愕然とします。現地の軍医長官ホールらの敵意に晒され、苦労を重ねた挙句、傷病兵らの信頼を得て「クリミアの天使」とまで呼ばれました。看護師(看護婦)が「白衣の天使」と称される由縁です。

劇団四季がミュージカル化した「ゴースト&レディ」を大阪四季劇場で観劇しました。フローに取り憑いた幽霊グレイは、絶望に陥ったフローを殺す約束でひたすらその時期を待ちます。一方フローはスクタリ野戦病院でたび重なる試練にもへこたれず希望を持って看護に献身します。両者の間に奇妙な連帯感、友情いや愛情が芽生えてきます。面子を潰されフローを憎悪するホール軍医長官は、自らに取り憑く幽霊で最強の決闘請負人であったデオンにフローの暗殺を命じます。実はデオンはやはり決闘請負人でもあったグレイの宿敵という因縁も設定されています。ミュージカルは、グレイがフローを守るためデオンと再び剣を交える決戦の場クリミアでクライマックスを迎えます。スコット・シュワルツ氏の演出は、虚構と現実が交錯する本作を面白く仕上げています。

看護師のユニフォームは、白衣とナース・キャップで象徴されていて、とくにナース・キャップはシルエットだけでも看護師と判りました。最近ではカラフルなユニフォームが使用され、動きやすさからパンツ・スタイルが多く、ナース・キャップは使われません。ナース・キャップ廃止の理由は、細菌等の感染リスク、点滴チューブに引っ掛かるなど業務上の支障があげられ、1990年代後半にはほとんど見られなくなりました。私が院長と兼任で校長を務めていた国立病院の附属看護学校で、戴帽式のナース・キャップ授与も廃止しようとの提案がありました。しかし、私はたとえ象徴的な行事であれ、ナースキャップ授与は式典のメーン・イベントであると主張し、継続しました。戴帽式では、基礎的学習を終えた看護学生が臨床実習を前にして、教官からナース・キャップを一人ひとり授与・着装され、キャンドル・サービスを行い、ナイチンゲールの誓いを唱和します。ナイチンゲール誓詞は1893年にアメリカで作成され、看護の原則や倫理を表していて、看護関係の式典で採用されます。校長を務めた看護学校の学生たちの感想文で、「式典を通じて理想の看護像を考えることができた」「ナース・キャップを被せていただき、気持ちが引き締まった」などを読む機会が最近あり、戴帽式を続けておいてよかったと改めて思いました。

(2026.1.24)