名誉事業管理者(前事業管理者)のつぶやき
Chapter196.かぶきもん NEW
市立芦屋病院名誉事業管理者 佐治 文隆
応仁の乱以降、戦乱が続いた戦国時代が終わり、17世紀から19世紀後半にかけて、わが国は平和な時代が続きました。徳川幕府の強力な中央集権政策や、諸外国の侵略を極力抑制した対外鎖国政策により、戦争のない幸せを謳歌できたのです。その結果、約300年の江戸時代に庶民の文化が爛熟しました。とくに江戸時代前半には上方中心の元禄文化が、後半には江戸中心の化政文化が咲き誇りました。なかでも歌舞伎は庶民の娯楽として発展し、相撲や遊郭とともに江戸の三大娯楽に挙げられています。
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19歳という史上最年少でオール讀物新人賞を受賞した作家、米原信(まいばら・しん)は少年時代から歌舞伎にハマり、演目年鑑や歌舞伎年表を暗記、特技は役者の声色といいます。まだ童顔の現役東大生の彼の新作「かぶきもん」は、得意分野の江戸歌舞伎を描いた初の作品集です。三代目尾上菊五郎と七代目市川團十郎の二大スターによる「助六」をめぐる競演「牡丹菊喧嘩助六」に始まり、團十郎が菊五郎の助六を超える演技をしたいと悩む「ためつすがめつ」など、「伊達競坊主鞘当(だてくらべぼうずのさやあて)」「連理松四谷怪談」「盟信が大切(かみかけてしんがたいせつ)」「耶蘇噂菊猫(やそのうわさおとわやのねこ)」と続く全六話が歌舞伎の蘊蓄を披露する魅力的な読み物です。東大文学部にこのような鬼才がいることに舌を巻きます。一読、二読に値する作品集です。
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歌舞伎といえば、2025年は映画「国宝」が話題を独占しました。私は封切り2日目にシネマコンプレックスで観ましたが、これはアタるぞと直感しました。上映館が続々増加、興行収入もうなぎのぼりで11月末には173億円を突破、実写邦画で歴代1位になりました。リピーターも沢山いるようで、私の周りでも「もう何回観た」と聞くことが増えました。映画「国宝」がヒットした要因はなんといっても原作・脚本がしっかりしていること、任侠の世界出身から排他的な歌舞伎界に飛び込んだ青年立花喜久雄(吉沢亮)と歌舞伎の伝統を受け継ぐ名門の血筋の青年花井俊介(横浜流星)が織りなす友情、愛憎、ライバル意識などの葛藤は、日本人の琴線に触れるストーリー展開です。古典芸能の世界の芸道を極めるための努力は、前述の「かぶきもん」とも共通します。2人の青年の女形としての舞台姿の美しさは、男性でも惚れ惚れとするくらいです。演ずる所作、踊りのうまさも演技の訓練に訓練を重ねてきたと言うだけあって賞賛に値します。本作の爆発的な人気を見ても今年度日本アカデミー賞受賞は確実だと思われますが、海外の映画祭での評価が気になるところです。
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「国宝」に触発された歌舞伎ブームに乗っかったわけではありませんが、京都南座恒例の顔見世興行に行きました。八代目尾上菊五郎襲名披露と六代目尾上菊之助襲名披露を兼ねた東西合同大歌舞伎です。私が観たのは夜の部で、「寿曽我対面」から始まりました。桟敷席から眺めると劇場は超満員で、対面の桟敷にはご贔屓さんに連れられたとおぼしき舞妓さんや芸妓さんの華やかな姿も見られ、祇園情緒満載です。次はお待ちかね「口上」です。まず片岡仁左衛門が菊之助改め八代目菊五郎と丑之助改め六代目菊之助の襲名披露を紹介します。鴈治郎、幸四郎、勘九郎、七之助らがお祝いの口上を述べ、菊五郎と菊之助が襲名披露の挨拶とともに、お決まりの「隅から隅までズズーいとお願い奉り申し上げます」と締めます。

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幕間に「なだ万」の会席を食したのち、「弁天娘女男白浪」一幕二場、「三人形」を楽しみました。白浪五人男の「しらざあーいって聞かせやしょう」と啖呵を切る場面は、何度聞いても面白いものです。奴、傾城、若衆の三人が廓通いの様子を踊って見せる「三人形」で、華やかな常磐津舞踊を楽しんで南座を出ますと、師走の京の街並みが出迎えてくれました。
(2025.12.10)