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事業管理者のつぶやき

Chapter186.形而上学 NEW

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

 形而上学(けいじじょうがく・metaphysics)は哲学の一分野で、「存在」や「精神」など実体のない原理を研究対象とする学問です。古代ギリシャのアリストテレスの著作群を後世編纂して位置付けられた領域で、実体のあるものを対象とする自然科学(形而下学)とは対照の用語です。感覚とは別の理性的な思惟や直感によってしか捉えられない性質を持っている様子、すなわち形而上的な作品を生み出したのが、イタリア人画家ジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico, 1888-1978)であり、彼に代表される絵画様式は形而上絵画(Pittura Metafisica)と呼ばれています。

 春の東京開催に続いて、神戸市立博物館でこの秋「デ・キリコ」展が開かれ、週末は「ナイトタイムミュージアム」として開館時間を延長、各種イベントも行われました。展示は「自画像・肖像画」に始まり、本命の「形而上絵画」が続き、その後「1920年代の展開」、「伝統的絵画への回帰」、「新形而上絵画」とほぼ時系列で進みます。最後に挿絵や彫刻、舞台衣装などが付録的に示されていました。肖像画では自画像だけでなく弟や妻、パトロンなど身内を描いていて、さらに静物画の背景にも自画像を描き込むなど、芸術家なら当然かも知れませんがかなり自己主張が強い人柄と思わせます。「形而上絵画」の展示群は、一言で言うと奇妙な違和感を覚える絵画で、まったく写実的ではありませんが、それでいて一度見たら忘れられない印象的な作品揃いです。画面の左右で遠近法がずれていて、彫刻やマヌカン(マネキン)、奇妙な道具類を寄せ集めたような機械人間が描かれ、それらの影が異様にくっきりと描かれるなどの特徴が見られます。広場の構図ではユニークな塔が見られ、形而上絵画の時期の代表的傑作と言われる「沈黙の像(アリアドネ)」でも広場の塔が描かれています。またマヌカンにも機械人間にも顔がありません。色彩はどちらかといえば明るく、明瞭です。

 「1920年代の展開」はその後の「伝統的絵画への回帰」への過渡期と思われる作品群です。とくに「剣闘士」をテーマとする絵画は写実的な伝統的絵画の趣が見られます。シュルレアリズム期後に徐々に古典的絵画の再発見が、「伝統的絵画への回帰―『秩序への回帰』から『ネオバロック』へ」の時期の静物画、風景画、神話主題画などで見られます。ルノアール風の裸体画「横たわって水浴する女(アルクメネの休息)」、「風景の中で水浴する女たちと赤い布」はいずれもリアリズムに進化しています。晩年のキリコはまた形而上絵画を復活させたようです。しかし美術史の専門家は、実りの時期を迎えたキリコの絵画を初期の形而上絵画と明らかに異なるものと評価し、「新形而上絵画」と名付けています。「新形而上絵画」は、20世紀末に他界した彼の画家人生の集大成なのかも知れません。

 神戸市立博物館ナイトタイムミュージアムのイベントとして、この日地下ホールでJAZZライブが開かれ、ギターとヴァイオリンのデュオを楽しむこともできました。さらに型抜きアートのワークショップが無料で開催されていて、初体験ですが飛び入りで参加しました。東京からの旅行者母娘、地元のご夫婦、最近東京から神戸へ移住したご婦人、それに私の六人のクラスで、インストラクターの教えで約半時間取り組みました。各人、気に入った色のリンゴの型抜き紙を選んで、好みの包装紙なども使用し、糊、ハサミ、カッター、色鉛筆などを使って製作します。出来上がった作品は並べてお互いに評価します。皆さんお上手で、私の労作は贔屓目に見ても下手でした。それでも「久しぶりに童心に帰れた」「楽しかった」と言い合って、ライトアップされた夜のミュージアムを後にしました。

(2024.12.1)