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事業管理者のつぶやき

Chapter181.訶華 NEW

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

 放送中のNHK大河ドラマ「光る君へ」では、平安時代に生きた主人公まひろ(紫式部)の描く源氏物語が映像化されています。美しく豪華な衣装とともに、まひろが次々と和歌を作っていますが、源氏物語には実際約800首もの歌が記載されています。これらの歌の中には、万葉集をはじめ古今和歌集、後撰和歌集、白氏文集などの作品からの引用が少なからず認められます。源氏物語の研究者たちは、その先行する作品からの引用状況を調査、発表することで、古典文学への造詣の深さを競い合ったりしています。

 たとえば、源氏物語第四十七帖「何か、これは世の人の言ふめる恐ろしき神ぞ、憑きたてまつりたらむと、」は、万葉集巻二 大伴安麻呂「玉鬘(たまかずら)実(み)成らぬ木にはちはやぶる神ぞ着くといふならぬ樹ごとに」が元歌と考えられています。わが国の古典文学の原典だけあって、万葉集は研究・検証の対象として不滅の存在を示しています。万葉集の研究に一生を捧げ、数々の受賞・栄典を受けられた犬養孝(1907年〜1998年)大阪大学名誉教授は、万葉ゆかりの地1200ヶ所を歩いて調査され、万葉の風土を守るという大事業をされました。私は阪大の教養学部学生時代に犬養先生の授業を受けましたが、犬養節といわれる独特の節回しの朗々とした歌声が親しまれ、教室はいつも満杯でした。教養学部時代は「自主休講」と称して授業をサボることも多かった私も、先生の講義は全出席しました。試験に代えてレポート提出で単位取得が出来、奈良の万葉ゆかりの地を巡って書いた私のレポートが幸い高得点を得たのも懐かしい思い出です。本稿執筆にあたり、「 NHK映像ファイル あの人に会いたい」の動画を再生し、久しぶりに犬養節に触れることができました。

 美しく優れた詩や文章のことを訶華(しか)といいます。言葉の花束ですね。訶華は抑揚がつき、メロディーがつくといっそう魅力を増します。犬養節がいい例です。西洋ではオペラに見られる歌曲でしょう。世界三大オペラ歌手とはいうまでもなくルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスの3名のテノール歌手を指します。最年長のパヴァロッティは2007年71歳で死去、最年少のカレーラスも引退表明(その後撤回)しています。残るプラシド・ドミンゴがフェスティバル・ホールでプレミアム・コンサートを行いました。年齢(1941年生、83歳)から最後の日本公演の可能性もあり、チケットを手に入れました。マルコ・ボエーミ指揮関西フィルハーモニー・オーケストラのもと、共演はソプラノ歌手のモニカ・コネサです。

 プログラム第1部ではジョルダーノ「アンドレア・シェニェ」より「祖国の歌」、ヴェルディ「マクベス」より「裏切り者め!憐み、誉れ、愛」をソロで、ヴェルディ「イル・トルバトーレ」より「よいか?〜私の願いを聞いてください」を二重唱で歌い上げました。近年、テノールからバリトンに転向したというドミンゴですが、年齢を感じさせない精力的な舞台でした。第2部ではソウトウーリョ/ベルト:サルスエラ「ソト・デル・パレルの女」より「幸せな時はもはや」、ゲレーロ:サルスエラ「ロス・ガビラネス」より「私の村」、ソローバル:サルスエラ「港の酒場女」より「そんなことはありえない」をそれぞれソロで、ペネーリャ「山猫」より「僕は闘牛士になりたいんだ」を二重唱で聞かせました。スタンディング・オベーションで拍手が鳴り止まぬ中、数曲のアンコールののちに、最後は聴衆とともに「べサメムーチョ」の大合唱でお開きとなりました。

 美しい歌詞、美しい歌声、衰えぬヴァイタリティに堪能した初夏の宵でした。

(2024.7.1)