事業管理者のつぶやき
Chapter178.巡り来る春
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
春です。ついウトウトして朝寝坊してしまう季節です。
春眠不覚暁 (春眠暁を覚えず
処処聞啼鳥 処処啼鳥を聞く
夜来風雨声 夜来風雨の声
花落知多少 花落つること知る多少ぞ)
「春はぐっすり眠れるものだから、夜があけたのに気づかず寝過ごしてしまった。あちらこちらから鳥の鳴き声が聞こえる。昨晩は、風や雨の音がしていたが、花はどれくらい落ちてしまっただろう。(現代語訳)」
唐の詩人孟浩然(もう こうねん)の詠んだ五言絶句は、春先の眠気をよく表していて、誰もが耳にしたことがあるでしょう。季節の変わり目に見られる睡眠のアンバランスは自律神経の乱れ、中でも「睡眠ホルモン」といわれるメラトニンが関与しています。メラトニンは朝起きて光が目に入ってから14〜16時間後に脳の松果体から分泌されて、覚醒と睡眠を切り替えて眠りに誘います。したがってメラトニンの分泌を上手にコントロールすることで、質の高い眠りが得られるといいます。そのため時差ボケの予防などに服用されることもあります。
とはいえ、「春眠暁を覚えず」と朝寝を決め込むのも贅沢なひとときで、夏目漱石はその著「草枕」で、「猫はネズミを獲ることを忘れ、人間は借金のあることを忘れる」と「春は眠くなる」ことを正当化しています。うららかな春の朝寝坊の心地良さにはまったく同感します。
春といえばなんといっても桜の季節です。
「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」は、中国の詩人劉廷芝(りゅう ていし)の七言古詩「白頭(しらがあたま)を悲しむ翁に代わる詩」の一節です。
古人無復洛城東 (古人また洛城の東に無く
今人還對落花風 今人還た対す落花の風
年年歳歳花相似 年年歳歳花相似たり
歳歳年年人不同 歳歳年年人同じからず)
「昔、洛陽の東の郊外で花を見ていた人々の姿は今はもう無く、それに代わって今の人たちが花を吹き散らす風に吹かれている。来る年も来る年も、花は変わらぬ姿で咲くが、年ごとにそれを見ている人間は移り変わる。(現代語訳)」
たしかに春が巡ってくると毎年毎年桜の花は同じように咲きますが、それを見る人の方は同じではなく、人の命の儚さを嘆くと解釈されています。それ故「禅語」として禅宗の視点で取り上げられてもいます。
しかし見方を変えれば、人間は成長するものですし、人は変わらなくてはいけないのです。そう思えばこの詩句の無情感も払拭され、希望が湧いてきませんか。大地震に襲われた能登半島でも桜の花が満開を迎えたことでしょう。それを見る地元の人々に、気持ちを切り替えて復興に取り組まれるように、エールを送りたいと思います。
(2024.4.1)