広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter174.

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

 「人生は旅である」とはよくいわれる言葉です。旅に出て、非日常の生活を体験し、自然や文化あるいは人々に触れることによって、新たな経験を積むことは楽しいだけでなく人格形成にも資すると思われます。とは言え、わが国において一般庶民が旅をするようになったのは江戸時代に入ってからで、お伊勢参りをはじめとして信仰に絡む旅が多くを占めています。とくに東海道は宿場が設置され、1624年に東海道53次の宿駅が完成されてからは旅行ブームに火がつきました。これを助長したのが、おなじみ弥次さん喜多さんが登場する十返舎一九のヒット作「東海道中膝栗毛」であり、歌川広重の「東海道五拾三次」で代表される旅情を掻き立てる浮世絵の数々でしょう。

 「花のお江戸ライフー浮世絵に見る江戸っ子スタイルー」展(神戸ファッション美術館)では、江戸っ子の娯楽の数々をキーワードに浮世絵を展示する中で、その一章を旅行に割いていました。東海道の旅は今も昔も富士山の勇姿が楽しみです。富士を題材とする浮世絵はなんと言っても葛飾北斎の「富嶽三十六景」に尽きますが、ここでは波間の富士が有名な「神奈川沖浪裏」ではなく、「尾州不二見原」が展示されていました。桶職人が作る大きな桶の真ん中から富士山が遠望され、「神奈川沖浪裏」同様に北斎独特の遠近感があらわれた作品です。あとは初代歌川広重の「幼童行列道中乃図」で、子供たちの背景の中央に大きな富士山が描かれています。広重は「東海道川尽 大井川の図」と「富士三十六景 駿遠大井川」で、富士を遠くに望んで大井川を蓮台で渡る様も展示されていました。東海道中最大の難所のひとつ大井川は、旅人にとって印象深く、画家にとって絵になる風景だったのでしょう。

 旅と歌川広重と言えば、「日本橋 朝乃景」ではじまる「東海道五拾三次」シリーズです。本展では「東海道五拾三次乃内 袋井 出茶屋ノ図」、同じく「吉田 豊川橋」、「庄野 白雨」の錦絵も展示され、加えて歌川国貞(三代豊国)の「東海道五十三次乃内 桑名宿」団扇絵、渓斎英泉「美人東海道 藤枝駅 廿三」錦絵が出展されています。いずれも旅先の風景画ですが、「庄野 白雨」は鈴鹿の急勾配の坂道で激しい夕立に出会った旅人たちの急ぐ様子が、画面から雨音が聞こえるかのように見事に表現されています。また国貞と英泉の作品はいずれも美人画につながる艶っぽい女性の姿が描かれています。

 非日常を味わいたい旅の目的には、外国旅行は最適でしょう。日本に来る外国人旅行者いわゆるインバウンド観光が人気なのは、東洋と西洋がミックスした異国情緒、正確に運行される交通機関、トイレなど清潔な衛生環境などがあり、さらには最近の円安事情が拍車をかけているようです。とくに新型コロナウイルス感染症分類が変更されてから、外国人観光客が復活、急増しています。インバウンド人気観光スポットランキング1位が伏見稲荷大社です。写真でお馴染みの朱色の鳥居が連なる幻想的な雰囲気が、年間約1千万人もの参拝客や観光客を呼び込んでいます。私自身はこの夏初めて伏見稲荷を訪れました。JR京都駅から二駅5分の奈良線稲荷駅下車、目の前が神社でした。こんな近場の観光地とは今までまったく認識せず、不明を恥じました。噂に違わずインバウンドツーリストはざっと8割くらいで、各国語が飛び交うなかキツネの石像に迎えられて鳥居巡りをしましたが、五穀豊穣から商売繁盛、家内安全、諸願成就となんでもありの稲荷大社は現代人向きです。願い事ののち、丸い石をあげて予想より軽いと願いが叶うといわれる「おもかる石」にも挑戦しましたが、私の場合は予想より重かったです。残念!

 たとえほんの庭先に出かけるような夏休みの小旅行でも、未知のスポットを訪ねる旅は古今東西を問わず好奇心を満足させてくれると実感出来ました。

(2023.12.1)