広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter173.愛を描く

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

 京都市京セラ美術館で「ルーヴル美術館展 愛を描く」を鑑賞しました。この展覧会は「愛」をキーワードに、ルーヴル美術館所蔵の74作品を選んで展示しています。ポスターのロゴでも「Louvre(ルーヴル)」の文字から「Love(ラブ)」を抜き出して強調しています。展示された作品群は抽象画が含まれず、いずれも写実的な絵画ばかりなので、ある意味気軽に見ることが出来ます。ただ神話やキリスト教の知識がないと理解しにくいところがあるのは、西洋画の常です。

 全作品を通じて散見されるのは「アモル」の存在です。アモルは愛を司る神で、ギリシャ神話ではエロス、ローマ神話ではクピドで、英語表現はおなじみのキューピッドとなります。「アモルの標的」(フランソワ・ブーシェ)はキューピッドの象徴の弓矢を持つ4人のアモルを描いたギリシャ神話の愛の誕生を表現しています。小さな男の子のアモルたちは背中に翼を持つ天使でもあります。同じくギリシャ神話の寓話「アモルとプシュケ」(フランソワ・ジェラール)のアモルは背に翼こそ持っていますが、プシュケとの愛を成就させる青年として描かれています。さらに「眠るアムルを見つめるプシュケ」(ルイ・ジャン・フランソワ・ラグルネ)、「プシュケとアモルの結婚」(F・ブーシェ)、「狩をするアモル」、「音楽を奏でるアモル」、「ユピテルの雷を盗むアモル」等々、至るところでアモルは愛を描く題材となっています。

 アモルの母アフロディテ(英語の別名ヴィーナス)は愛と美と性を司る神なので、本展でもしばしば登場します。「ウルカヌスの鍛冶場のマルスとヴィーナス」(ルカ・ジョルダーノ)と「アドニスの死」(氏名不詳のヴェネチアの画家)は、恋多き女神ヴィーナスを描き、「人間に驚くヴィーナスと三美神」(ジャック・ブランシャール)や「アモルを教育するようメルクリウスに勧めるヴィーナス」(作者不詳)は、官能的なヴィーナスを表現しています。またヴィーナスがアモルを神々に紹介する「ユピテル、ユノ、ネプトウヌス、ディアナにアモルを紹介するヴィーナス」(ウスターシュ・ル・シュウール)や 神々の機嫌を損ねたアモルをヴィーナスが叱っている場面の「母に叱られ、ケレスの腕の中に逃げるアモル」(ウスターシュ・ル・シュウール)などではヴィーナスの母性や愛情に富んだ家族の情景が描かれています。

 本展は主に16〜18世紀の絵画が展示されていますが、当然キリスト教の宗教画が含まれます。「眠る幼子イエス」(サッソフェラート)、「エジプトから帰還する前の聖家族」(シャルル・ル・ブラン)では文字通りの聖家族の親子愛が、「懺悔するマグダラのマリア」(P.C.ファン・スリンへラント)では神への愛が官能的に顕されます。その後は牧歌的で、ロマンチックな、あるいはエロティシズム漂う人間的な作品群、「若者と取り持ち女」(ミハエル・スウエールツ)、「内緒話の盗み聞き」(ダフィト・テニールス)、「部屋履き」(サミュエル・ファン・ホーホストラーテン)、「かんぬき」(ジャン=オノレ・フラゴナール)などタイトルだけでも思わせぶりで意味深です。

 そして究極の「死に至る愛」がフィナーレを飾ります。誰もが知る悲劇「ロミオとジュリエット」(テオドール・シャセリオー)、ダーダネルス海峡を隔てた恋人ヘロに会うため、毎夜海を渡るレアンドロスが嵐の夜に目当ての灯火が消えて、命を失う「ヘロとレアンドロス」(テオドール・シャセリオー)、政略結婚を取り決められたズレイカを守ろうとズレイカの父の軍勢と戦ったセリムは戦死し、ズレイカもまた命を落とした「アビドスの花嫁」(ウジェーヌ・ドラクロワ)、さらにはダンテの地獄篇を描いた作品などです。  
 「愛」「愛」「愛」に溢れるルーヴル美術館美術館所蔵展でした。

(2023.11.1)