広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter172.秋波を送る

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

 秋の季語のひとつに「雁渡し(かりわたし)」という言葉があります。雁渡しとは初秋から中秋にかけて吹く涼しい北風をいいます。七十二候の中の「鴻雁来(こうがんきたる)」は雁渡しに乗って雁が飛んでくる時期を指し、美味しい秋の実りのシーズンです。
 雁渡し 北見青透く 薄荷飴 (文挟夫佐恵)
 朝市に 煮貝の匂ふ 雁渡し (石原八束)
 草木より 人翻る 雁渡し  (岸田稚魚)
雁渡しはもともと漁師が使っていた言葉のようです。秋になり人影もまばらになった海浜に、風に吹かれて寄せては返す静かな波・・・秋の澄み切った水の波は中国語で「秋波」といいます。それが美人の美しい目元のたとえとなりました。

 秋波は異性に対して恋心を表す目つきをする、つまり色目を使うことで、「秋波を送る」と表現します。しかし通常は男性が女性に「秋波を送る」とはいいません。あくまで女性が男性に媚を含んだ目つきで見つめたり、流し目を使ったりすることを「秋波を送る」といいます。「目は口ほどにものを言い」と言われるように、見つめるという行為「眼差し」は男性に対して非常に有効で、大抵の男は女に必要以上に見つめられるとクラクラとなるようです。自然界では文字通り秋「波」を送る昆虫がいるからおどろきです。カメムシといえばあまり好感を持つ人はいないと思いますが、カメムシの仲間のアメンボのオスは水面で脚を微妙に動かして波を発生させ、求愛活動に使っているそうです。この波に反応したメスはこれも特有な波を送り求愛に応えたことを知らせ、交尾に至るといいます。たかが秋波と言っても馬鹿に出来ません。もっともアメンボの場合はオスが秋波を有効に送り、メスも秋波で返答している点がヒトと違いますが。

 「秋波」と同様に「秋扇(しゅうせん)」という言葉も女性と深い関係を持ちます。男の愛を失った女のたとえを、あたかも夏の間は重宝がられていても秋になって涼しくなると片づけられてしまう扇子になぞらえ、「秋の扇」と称します。前漢の成帝に寵愛された班倢伃(はんしょうよ)が君寵の衰えたわが身を秋扇に擬した故事によります。世阿弥の謡曲「班女」や三島由紀夫の翻案劇「班女」にも登場する言葉です。

 扇子といえば、折りたたみ式のものを思い浮かべます。数本から十数本くらいの細長い竹や木で出来た骨を一端(要、かなめ)で固定し、開閉出来るようにされています。「扇は要、傘は轆轤(ろくろ)」はいずれも重要な部分を指すことわざです。白檀の扇子などはあおぐたびに木の香りが漂って、使う人のセンスの良さが偲ばれます。もっとも電車の中などで扇子を用いる人など見かけなくなりました。代わって登場したのがハンディファンといわれる小型携帯扇風機です。コンパクトでしかもあおぐ必要もないことから流行ったようです。カラフルでデザインもさまざまなことから、実用的なオシャレ用品として若い人の間で人気が出たと思われます。首かけタイプまであります。「秋扇」は死語となって、「秋ファン」になるかもしれません。

(2023.10.1)