事業管理者のつぶやき
Chapter170.夏の風物あれこれ
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
8月1日(旧暦)は「八朔(はっさく)」といわれ、「朔」は「ついたち」を意味します。この日の前後に吹く強風のことも八朔と呼ばれ、農作物に被害を与えることから二百十日や二百二十日と同様に農業の厄日とされました。私たちに親しみのある「はっさく」はなんと言っても果物の「八朔柑」です。広島県の原産で甘く酸っぱい独特の味の柑橘類です。8月1日頃から食べ頃になるというので命名されました。
八朔は夏から秋への移りゆく季節であることから、農家ではこの日を「田実(たのみ)の節句」と呼んで、稲の実りを祈願して贈り物をする風習がありました。徳川家康の江戸入城が天祥18年8月朔日であったことから、幕府では八朔を正月同様の式日として、大名や旗本が白帷子を着て江戸城に総登城して祝辞を述べました。江戸の吉原遊廓でも八朔は紋日のひとつで、表裏とも白い小袖「白無垢」を遊女たちがこぞって重ね着をします。費用は馴染み客持ちであるのは言うまでもありません。川柳に「八朔の雪は質屋に流れ込み」とあるのは、客に買わせて手に入れた白無垢をすぐに質入れした遊女を詠み、人のよい旦那を嗤っています。彼氏に甘えて買わせたプレゼントを、すぐメルカリに出品する彼女など、今も昔も変わりないしたたかな女性たちです。
東京の浅草観音の夏の風物詩に「酸漿(ほおずき)」市があります。毎月一回の観音様の功徳日の中でも酸漿市の立つ7月9日、10日の「四万六千日(しまんろくせんにち)」は、46,000日分の功徳があるといわれて、川端康成の小説「浅草紅団」にも登場します。ほおずきはまた「鬼灯」とも書き、お盆の花として飾られます。先祖の迎え火や送り火の盆提灯に見立てて供えられます。朱色の袋状の萼(がく)をやさしく開き、実を触ると種があることがわかります。ゆっくりと芯から外すように実を揉んで充分柔らかくなったら、中の種を取り出します。袋状の実を舌の上に乗せて、押すとキュッキュッと音が鳴ります。子供の頃に何度もチャレンジしましたが、実を破ることなくうまく中身が取り出せませんでした。苦い思い出です。酸漿は赤く色づき、大きく熟してきます。熟してくると害虫がやってきます。「酸漿と娘は色づくと虫がつく」といわれる所以です。酸漿も女性も成熟してくると悪い虫(男)が近づいて来ます。酸漿に似た海産物「海ほおずき」は巻貝の卵嚢です。こちらも舌で鳴らして遊びますが、酸漿と同じように簡単には鳴りません。
江戸時代に渡来した外来種の植物のアスパラガスも夏の味覚のひとつです。わが国では観賞用として栽培されていましたが、その後に食用西洋野菜として生産され珍重されました。私が子供の頃はアスパラガスといえば缶詰のホワイトアスパラガスで、おしゃれな食べ物でしたが、今から思うと欧米への輸出用の缶詰だったのですね。いつごろからか、グリーンアスパラガスがスーパーに並ぶようになり、ホワイトアスパラガスを目にする機会が減りました。どちらも同じアスパラガスですが、若芽に土を被せて地中で栽培したのがホワイトアスパラガスなのは周知のところです。
初夏に神戸外人倶楽部でアスパラガス・ディナーのお招きを受けました。ホワイトアスパラガスの前菜、グリーンアスパラガスのスープ、アスパラガスとスズキのポアレ、ホタルイカ・ラグーソース、北海道産ホワイトアスパラガスと黒毛和牛のステーキ・オランデーズソース、これには付け合わせにワイルドアスパラガスがついていました。ワイルドアスパラガスとは見た目はアスパラガスそっくりですが、アスパラソバージュという品種で、これはこれで美味な歯応えがあります。旬の野菜アスパラガス三昧のフレンチを堪能し、シェフに感謝です。
(2023.8.1)