事業管理者のつぶやき
Chapter16. あなたも知らない国語
市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆
「パリ20区、僕たちのクラス」はカンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞したフランス映画です。様々な人種・移民が混在して住む地域であるらしいパリ東部20区の中学校を舞台に、国語(当然、フランス語です)教師が担任クラスの悪ガキ生徒たちと悪戦苦闘する日常が描かれます。スラム街の荒れる学級と熱血教師の活躍は、ハリウッド映画では珍しくない組み合わせで、最後はハッピーエンドがお決まりです。ところが、この映画はさすがフランス映画だけあって、決してハッピーとは言えない結末を含め、観客に色々と考えさせる内容です。
映画の冒頭で、旧植民地などの異国文化で育った子どもたちの国語授業の場面が出てきます。主人公の国語教師は、スラングは話せてもフランス語の読み書きが不十分な生徒に、美しい正調フランス語を教えようと必死です。生徒は当然むちゃくちゃを言うわけですが、先生は理路整然と解答を与えていきます。接続法半過去など文法はもちろんのこと、生徒の反応や理解はともかくとしても、あらゆる疑問を快刀乱麻の如く断ってゆきます。主人公の教師フランソワ役を演じているのは、映画の原作「教室へ」を書いた元教師の著者自身とのことです。ここで私は、半分外国人とも言える子どもたちに、言葉に関する疑問をこれほど明快に答えられる国語教師がいるのだろうか、と疑いを持ちました。というのも、コミックエッセイ「日本人の知らない日本語」「日本人の知らない日本語2」(いずれもメディアファクトリー刊)を読んだところだったからです。
「日本人の知らない日本語」シリーズでは、作者(海野凪子)の分身なぎこ先生は、外国人対象の日本語学校で学生とのやりとりを通じて、自身の国語力も身に付けていきます。その様子が、蛇蔵描く漫画とともにおもしろおかしく明らかにされる楽しいコミックになっています。テレビドラマ化されたので、見た方も多いでしょう。なぎこ先生は日本語教師だから日本のことは何でも知っていると学生に思われ、数々の難問奇問を投げつけられます。たとえば「相撲の語源はなに?」「シカトってどういう意味」などです。ちなみに後者は花札の鹿の絵がそっぽを向いているところからきた任侠用語です。日本人のあなたはこんなことを知っていましたか? 教師と学生の日本語をめぐるバトルを通して、笑っているうちに日本語を再発見する楽しい漫画本はあっという間に読み終えてしまいました。
私事ですが、私の息子は留学中に知り合った外国人と結婚して、アメリカに住んでいます。息子の妻から日本語学校の学生と同様の質問を受ける息子は、この「日本人の知らない日本語」を愛読し、まったくその通りと納得しています。文化も言語も異なる外国人同士のコミュニケーションは、たとえ夫婦であってもなかなか難しいようです。まず自分自身を良く知り、次に相手の立場を良く理解して、コミュニケーションを取ることが求められています。患者と医療者が対等の立場でパートナーシップを築くことが要求される最近の医療現場にも当てはまることです。
(2010.11.1)