事業管理者のつぶやき
Chapter166.古刹
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
週末の映画館のレイトショーで、肩の凝らない作品を鑑賞するのは至福のひと時の一つです。ポップコーンとドリンクが加われば、もう言うことはありません。東映創立70周年記念映画「レジェンド&バタフライ(The LEGEND & BUTTERFLY)」はバタくさいタイトルとはうらはらに、戦国武将・織田信長の半生を描いた時代劇でした。その中身はといえば、木村拓哉演ずる信長と綾瀬はるかが熱演する濃姫とのラブストーリーです。尾張の信長と政略結婚で結ばれた美濃の斎藤道三の娘である濃姫は文武両道に勝れ、うつけ者と呼ばれた信長をリードして天下取りに向かわせるという設定です。尾張を美濃国に併合しようという目的で愛のない結婚をした濃姫でしたが、二人はやがて強い絆で結ばれて行きます。その過程で桶狭間の戦い、岐阜城攻め、姉川の戦いなど数々の合戦、安土城の築城、比叡山延暦寺の焼き討ちなど史実に残るエピソードを挟んで、クライマックスの本能寺の変(1582年6月)に進みます。タイトルの「レジェンド」はいうまでもなく織田信長、「バタフライ」は「帰蝶」の呼び名を持つ正室・濃姫を意味します。
明智光秀の謀反により、滞在中の本能寺に火を放って自害した信長の遺体は確認できなかったといいます。4ヶ月後の同年10月には羽柴(豊臣)秀吉の手で、京都大徳寺で盛大な葬儀が行われ、塔頭・総見院が建立され、信長の菩提寺となりました。大徳寺は1325年に創立された禅宗・臨済宗の寺院で、大徳寺派の大本山として、現在境内にはさきの総見院をはじめ24ヶ寺の塔頭を有しています。戦国武将を弔う塔頭も多く、織田信長を筆頭に前田利家など加賀前田家、三好長慶、石田三成、織田信秀、細川忠興・ガラシャなどの菩提寺が含まれます。大部分の塔頭は参詣を受け付けておらず、大徳寺本坊もまた一般には非公開とされています。
そのような塔頭のひとつ聚光院で、国宝障壁画が特別公開されているとのことで、さっそく拝観を予約しました。聚光院は三好長慶の菩提を弔うために創建された寺院ですが、千利休の墓所でもあり、茶道の千家歴代の墓がおかれています。拝観で最初に案内される本堂の庭園「百積庭(ひゃくせきのにわ)」は利休による作庭と言われ、小さいながらも苔生した庭の奥に石組みが置かれ、庭の端には沙羅の木が植えられています。対峙する本堂(方丈)には狩野派の代表的画人の狩野永徳(1543年〜1590年)とその父松栄の手による障壁画46面が描かれています。すべての障壁画が国宝とのことで、ふだんは京都国立博物館に寄託され、この度5年半ぶりの里帰り公開です。描かれてから5世紀近く経た襖絵は歴史を感じさせる趣はありますが、永徳の細かい筆遣い、松栄に比して力強く若さを感じる様は長い年月を経た今も変わりません。永徳の描いた本堂の「花鳥図」に比べ、父の松栄の描く衣鉢の間「竹虎遊猿図」などはユーモラスで、余裕を持った筆致に老練さを感じました。親子合作とは言え、主たる見せ場を息子に描かせているのは、わが子の芸術性を認め尊敬していたと推察するのは私のような凡人の考えでしょうか。
2013年に落慶した聚光院書院の襖絵は、日本画家・千住博の作品で、数ある中から「滝」をテーマにした大作が公開されていました。当たり前のことですが、狩野派の障壁とは対照的に鮮やかな群青色から真っ白な滝のほとばしりが広い書院に展開する様は、それはそれで圧巻でした。聚光院の二つの茶室「閑隠席」「枡床席」のうち前者はわずか三畳と小ぶりで、しかも光が極端に制限されていて、これが利休のいう茶の湯のワビ・サビかと愚考した次第です。歴史ある京の寺院は日本人の心を揺さぶります。
(2023.4.1)