広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter162.秋色京都

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

コロナ禍のピークもやや落ち着きを見せ、インバウンド観光も解禁になった秋のある日、京都で写経の初体験をしました。向かったのは洛西の名刹「西芳寺」、別名「苔寺」で知られる世界文化遺産の寺院です。本堂前で持参の筆ペンを取り出し、一心不乱に経典を写します。「延命十句観音経」なる経文で、人のため真心込めて尽くすことの重要性を説いた内容は、コロナ禍の医療従事者の心構えにも通じると思いました。書き上げた写経用紙に今一度目を閉じて手を合わせます。作品は持ち帰りも可能ですが、私は奉納を希望して仏前の経机に提出しました。写経ののちは百数十種類の苔が自生するお庭の拝観です。一部紅葉した楓も混じる庭園は、なんと言っても苔が目を奪います。予約制で拝観者の人数制限を行っているだけあって、踏み荒らされず掃除の行き届いた様に、千年を遥かに超える先人たちの営みに想いを馳せました。

京都市バス5番に乗車、市内を東西に横切り岡崎公園まで一時間のバスの旅は、移動に時間をかけない現代人とは真逆の発想で、それはそれで楽しめます。なんと言っても全線一区料金230円はそれだけでもお値打ちです。京都国立近代美術館で開催中のルートヴィヒ美術館展は、ドイツのケルン大聖堂に隣接して開館した美術館から選択された作品を展示しています。美術コレクターであるペーター&イレーネ・ルートヴィヒ夫妻の収集作品をもとに、その後加わった数々の収蔵品を所有する市民美術館とのことで、このたび来日した作品ではドイツ・モダニズム、ロシア・アヴァンギャルド、ピカソとその仲間に始まり、シュルレアリズム、ポップ・アートそして前衛芸術へと多彩な分野の絵画、彫刻、写真が展示されました。ルートヴィヒ夫妻はパブロ・ピカソの熱心なファンで世界有数のコレクターとして知られ、シャガール、モディリアーニ、マティス等同時代にパリで活躍した画家たちの作品も見られます。

1960年代前半には古代や中世美術の収集に傾倒していたルートヴィヒ夫妻は、現代美術に魅了されポップ・アートのコレクションを開始、公開します。その作品群には、ジャスパー・ジョーンズやアンディ・ウォーホルなど私達もよく知るアメリカ作家が含まれています。来日中のルートヴィヒ財団理事長カルラ・クギーニ博士の講演を聴く機会がありましたが、美術館はケルン市と財団が運営資金を拠出するだけでなく、市民のための美術館ということで、過去の寄贈品だけではなく新規作品の購入も積極的に行なっているといいます。講演会の参加者は国内の美術館のキュレーターぽい人や芸術系の人が多く、質問内容もかなり専門的で私には少しついていけませんでした。

近代美術館の向かいの京セラ美術館ではタイミングよく「アンディ・ウォーホル・キョート」展が開催中です。ルートヴィヒ美術館展でも取り上げられていたアンディ・ウォーホルは、アメリカン・ポップ・アートのアイコンともいえる存在です。アメリカ・ピッツバーグのアンディ・ウォーホル美術館の所蔵品のみから約200点が展示され、うち100点以上は日本初公開といいます。ウォーホルは二度にわたり京都を訪れていて、この地で制作のインスピレーションを受けたことが本展でも感じられます。もちろんウォーホルといえば真っ先に思い浮かぶ「三つのマリリン」そして「ダブル・エルヴィス」も堂々と展示されています。「キャンベルのスープ」缶や「ブリロ」の箱などの商業デザインは、一度はお目にかかったことがある代物でしょう。ゲイとして知られるウォーホルは京都にも恋人を同行したようです。晩年の作品「最後の晩餐」は、ゲイに多かったエイズを恐れ、死の恐怖との関連が指摘されているともいいます。

小さな旅の圧巻は〆に訪れた料亭「菊乃井」の秋懐石でした。鯉の泳ぐ池や蹲を眺める座敷で、鯖サフラン寿司などの八寸、小蕪風呂炊きの先付、向付、土瓶蒸し、子持鮎の焼物、強肴にフカヒレ、松茸御飯等々、本店村田料理長の献立を満喫できました。

(2022.12.1)