広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter154.ギリシャ文字

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

ギリシャ語は約3400年前に古代ギリシャ人が用いだし、インド・ヨーロッパ語族の中ではもっとも古い言語といわれます。ギリシャ文字で記録されるようになったのは紀元前9世紀のことで、英語をはじめ他言語に大きな影響を与えてきました。古代ギリシャ文学といえば、抒情詩人ホメロスによる「イーリアス」や「オデュッセイア」が有名ですが、紀元前8世紀ごろの作品と思われます。しかし、この時代の抒情詩は文字で書かれたものではなく、多くは盲人の口承詩人によって口伝えで語られていました。わが国の「耳なし芳一」のような琵琶法師を想像しますが、障碍がある故に記憶力などが人並み以上であった可能性があります。したがって、これらの作品がギリシャ文字に編纂されたのは200年後の紀元前6世紀と推測されています。また18世紀に発見された古代エジプトの遺物ロゼッタ・ストーンは紀元前2世紀の作といわれ、神聖文字(ヒエログリフ)、民用文字(デモティック)とともにギリシャ文字が刻まれていました。3種の文字で書かれた内容が同一であろうとの仮定のもとに、ヒエログリフはギリシャ語部分を足掛かりにして解読されました。

ギリシャ文字はα、β、γからはじまり、24文字で構成されます。表音文字で、ローマ字のもととなっていて、私たちが使う「アルファベット」という言葉は、ギリシャ文字のα(アルファ)とβ(ベータ)がその語源になります。現代ではギリシャ語だけがギリシャ文字を使用していて、ギリシャ語を公用語とするギリシャ共和国とキプロス共和国でのみ用いられています。とはいえギリシャ文字から派生した文字も多く、ラテン文字はその代表でしょう。またギリシャ文字はギリシャ語圏以外でもシンボルとしてさまざまな分野で使われています。とくに数学、物理学、化学、統計学など主として自然科学の領域で用いられます。例えば数学では、Δ(デルタ)は変数の前につけるとその変数の僅かな変化を意味し、Σ(シグマ)は総和を表し、π(パイ)は円周率を示します。放射線にはα(アルファ)線、β(ベータ)線、γ(ガンマ)線、X(エックス)線がありますが、X線を除いてはギリシャ文字が使われています。

新型コロナウイルス感染(COVID-19)第6波で猛威を振るったオミクロン変異株で一躍有名になった「オミクロン」もギリシャ文字に由来しています。世界保健機関(WHO)は2021年5月に新型コロナウイルスの変異株の命名システムを発表し、ギリシャ文字を使って表記することになりました。それまでは、イギリス型変異株、南アフリカ型変異株、ブラジル型変異株、インド型変異株と最初に特定された国名をつけて呼ばれていた変異株は、それぞれ「アルファ」「ベータ」「ガンマ」「デルタ」と呼称されることになりました。これは変異株を特定した国が偏見の対象となることを懸念したためです。変異株はギリシャ文字の順に、α、β、γ、δ(デルタ)、ε(イプシロン)、ζ(ゼータ)、η(イータ)、θ(シータ)、ι(イオタ)、κ(カッパ)、λ(ラムダ)、μ(ミュー)と命名され、2文字飛んで ο(オミクロン)が名付けられました。ギリシャ文字のアルファベット順であるν(ニュー)と続くξ(クサイ)がなぜ採用されなかったのか、色々憶測がありましたが真相は不明です。

WHOは変異株の中でも感染力の強いものやワクチンの効果が下がるものを「懸念される変異株(Variant of Concern ;VOC)」と分類し、α、β、γ、δ、οを指定しています。またワクチン効果に影響を与える可能性を持つものを「注目すべき変異株(Variant of Interest ;VOI)」と分類、λ、μがこれに相当します。οはギリシャ文字アルファベット24文字の15番目に位置します。あまり想像したくないことですが、このまま変異株が増え続けると最後の文字ω(オメガ)まで使い切りかねません。おぞましい想像をしなくてすむよう、1日も早い感染収束を願っています。

新型コロナウイルスの情報は、厚生労働省ホームページや WHOホームページの利用をお勧めします。くれぐれもフェイクニュースに惑わされないようにしてください。

(2022.4.1)