事業管理者のつぶやき
Chapter151.虎文様
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
わが国の十二支には想像上の生き物である龍(辰)を除いてすべて実在の動物があてられています。その大部分は野生あるいは家畜として古くから日本に生息していたと考えられますが、今年の干支の虎(寅)だけは例外です。虎はインド、インドネシア、タイ、中国、ネパール、バングラデシュ、ラオスなどのアジアに分布生息し、カンボジア、朝鮮、ベトナムなどでは絶滅したと考えられています。中国では虎は好んで竹林に棲むと言われ、「竹虎文(たけとらもん)」として一緒に文様化されることが多く、衣服や陶磁器の図柄に見られます。
わが国の焼き物は陶器が先行し、17世紀初頭に朝鮮から磁器を焼く技術が導入されました。肥前有田(佐賀県)で原料となる白磁鉱が発見されたことから、日本で最初の磁器の産地となり、有田焼が生まれました。のちに美濃焼、瀬戸焼、九谷焼などが肥前有田を追随し、各地で磁器が焼かれるようになったのです。中国磁器の影響を受けた白い素地に藍色一色の濃淡が美しい「染付磁器」、赤を基調とした鮮やかな色絵が施された「色絵磁器(赤絵)」など有田焼を中心とする肥前の磁器は、積み出し港の名に因んで「伊万里焼」と総称されます。明治以後に作られた「伊万里焼」と区別して、江戸時代に焼かれた骨董的価値のある作品をとくに「古伊万里」と呼びます。
古伊万里に魅せられた神戸の収集家、赤木清士氏(1932-2019)が、1965年ごろから集めた有田焼を中心とする200点以上の陶磁器「赤木清士コレクション」を兵庫陶芸美術館に寄贈されました。昨夏、受贈記念コレクション展「古伊万里に魅せられてー江戸から明治へー」の案内をいただき訪問しました。コレクションの製作年代は約6割が江戸期、また9割が肥前で作られたもので、大皿をはじめ多種多様な形態の器が収集されています。力士や紅毛人などヒトの文様、象や鯰、亀、猿など動物の文様に交じって、「竹虎文」の作品も見つけました。「染付竹虎文大皿」「染付竹虎文長皿」で、いずれも江戸時代の有田焼、白地に藍色の染付です。前者は竹林でコミカルに逆立ちして遊ぶ虎がいて、余白に雨が斜め方向に流れるように降っている構図で、後者では太い竹葉の下で座してこちらを睨む虎が描かれています。長皿の方は4枚組みのセットです。虎だけの文様も2点あります。一つは「唐人物虎文徳利」で、寝そべった虎の前に人物が描かれた徳利です。もう一つは可愛い顔つきの虎が描かれた「染付虎文皿」で、皿の裏面三方に竹文様が施され、ここでも竹と虎の文様が表裏で一対になっています。
古伊万里の絵付けは省力化のため型紙が用いられることもありますが、原則的に手描きです。そういえばデンマークの有名陶磁器メーカー「ロイヤル・コペンハーゲン」の工房では、製品のすべてが手描きで絵付けされ、アーティストがサインを入れていました。一見大量生産のような陶磁器であっても、洋の東西を問わず手描き作品には一品一品に作者の思いがこもっています。同じ文様の絵皿であってもその時々の製作者の心が異なることを、また鑑賞する私達の心も異なっていることを意識する必要があるでしょう。
仏教に「唯識(ゆいしき)」という思想があるそうです。あらゆる物事を、各自の心に立ち返って考えることだそうです。わかりやすい例は「手を打てば鯉は餌と聞き鳥は逃げ 女中は茶と聞く猿沢の池」という和歌でしょう。耳に届くのは各々の心が思い浮かべた音なのです。医療者と患者の関係においても示唆に富む考えですね。
(2022.1.1)