事業管理者のつぶやき
Chapter149.気候変動
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
今年もまた集中豪雨による水害で各地に被害が出ました。岡山県で多数の犠牲者が出た2018年の「西日本豪雨」がまだ記憶に新しいところへ、昨年2020年7月には熊本県を中心に九州や中部地方などで約1ヶ月間にわたる大雨が降り、「令和2年7月豪雨」と命名されました。今年も7月から8月に各地で大雨が降り、とくに8月には梅雨末期に近い気圧配置となったことから「線状降水帯」が発生し、多くの雨が降りました。このため「記録的短時間大雨情報」や「緊急安全確保」が発令される事態に陥りました。「線状降水帯」は集中豪雨に見られる線状の降水域をさす気象用語で、現象としては以前から捉えられていましたが、2014年8月の豪雨による広島市の土砂災害以降に頻繁に使われています。数年に一回程度発生する短時間の激しい大雨を観測する「記録的短時間大雨情報」は、当初は「府県・指定地区大雨情報」として1983年10月から発表されました。また防災気象情報をもとにとるべき行動としての「緊急安全確保」は、5段階の警戒レベルの最高レベル5に相当し、直ちに身の安全を確保することを意味します。
異常気象は今に始まったことではなく、大昔からの伝承、史実にも見られるところです。旧約聖書に登場する「ノアの方舟」も異常気象がもたらした大洪水の結果かもしれません。しかし、近年これほど立て続けに豪雨や熱波が見られるのは、地球温暖化とあながち無関係と言い切れないようです。先進国はともかくとして、地球全体の人口は増加の一途をたどり、それぞれがより良い生活を求めて自然を破壊し、化石エネルギーを消費するわけですから、二酸化炭素(温室効果ガス)が増加して必然的に温暖化の方向に進みます(「国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」2021)。
最近の雨は土石流など豪雨災害で悪者扱いされていますが、日照り続きもそれはそれで困りものです。わが国の良いところは四季があって、適度な晴雨に恵まれていたことです。これらの変化が日本人の感性を刺激し、詩、歌、句など多くの文芸作品を生み出し、美しい言葉や諺が生まれています。万物に潤いと生気を与える雨の恵みは「雨沢(うたく)」と称し、「沢」は潤う、恵みを意味します。また人にも作物にもよい雨は、和らぐという字を用いて「和雨(わう)」といい、日照り続きの時には「干天の慈雨」と歓迎されます。
夏の雨は夕立や雷雨のように勇ましく、時には空が抜けるような大雨を連想させます。秋の気配を感じる雨は、冷たくしっとりした趣で、雨粒までが霧のように細かく、「秋微雨(あきこさめ)」といわれます。東日本では秋雨前線のせいで冷たい雨がよく降り「すすき梅雨」とも言われ、秋の長雨は「秋黴雨/秋入梅(あきついり)」や「秋霖雨(あきりんう)」と難しい漢字で表現されます。またこの時期の長雨は通草(あけび)など肉厚の植物の実を腐らせてしまうことから、優雅に「通草腐らし(あけびくさらし)」ともいうようです。「秋の空は1日七度変わる」は、晴れたり曇ったりまた急に雨が降ったりと、「女心と秋の空」に喩えられる変わりやすい天候を示しますが、秋雨も悪い喩えばかりではありません。「秋の雨が降れば猫の顔が三尺になる」の諺は、肌寒い秋も南方からの低気圧がもたらす暖気で寒がりの猫も顔を三尺伸ばして喜ぶ態をいいます。
自他ともに認める雨女(あめおんな)、佐々木まなびさんの著書「雨を、読む。」(芸術新聞社)は雨をめぐるあれこれがうんと詰め込まれ、装丁も美しい作品です。雨を五感から捉えた一章もあり、雨女の雨に向ける愛情を実感します。雨を怖がることなく、いつまでも日本の雨を楽しめるように気象災害に先手を打って、環境を守りたいものです。
本原稿脱稿後に二酸化炭素濃度が気候に与える影響を初めて数値で明らかにし、温暖化原因を科学的に示した功績で、真鍋淑郎氏がノーベル物理学賞を受賞されました。おめでとうございます。
(2021.11.1)