事業管理者のつぶやき
Chapter140.不滅の恋人
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
2021年初頭から宝塚大劇場で公演中の「『fff―フォルティシモー』〜歓喜に歌え!〜」は、タイトルが示す通り楽聖ベートーヴェンを取り上げています。本公演はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770〜1827年)生誕250年を記念して昨年2020年に予定されていましたが、あいにくのコロナ禍で余儀なく延期されました。昨年は多くの生誕記念アルバムが発売され、NHKをはじめ放送界でも特集が組まれたのはご存知の通りです。ピアノメーカーのベーゼンドルファーからは「ベートーヴェン生誕250周年記念モデル」のグランドピアノが数千万円で売り出されました。また興業界でも記念行事が計画され、演奏会では2月の東京で「国際音楽祭NIPPON2020」オール・ベートーヴェン・プログラムを皮切りに、12月の静岡交響楽団東京公演まで多数のコンサートが行われました。中には緊急事態宣言等で中止になったものも少なくありません。宝塚歌劇に見る通り、演劇の世界でもコロナの影響は大きく、生誕記念と銘打った公演もなかなか予定通りには行かず、業界も大きな打撃を受けました。
1770年12月にドイツ中西部ボンで生まれたベートーヴェンは幼い頃から類い稀な音楽才能を発揮し、大作曲家としてオペラ、交響曲、協奏曲、管弦楽曲、吹奏楽曲、室内楽曲、ピアノ独奏曲、声楽曲など多彩なジャンルの作品を創作し、実に138曲を作曲したといいます。父ヨハンは宮廷のテノール歌手だったので、ルートヴィヒの楽才は父の遺伝子を受け継いだものかもしれませんが、ヨハンは今でいうDV(家庭内暴力)の持ち主でルートヴィヒの人格形成に少なからず影響を与えたと思われ、事実ルートヴィヒは変人で通っていたようです。部屋は散らかり放題、服装もホームレスと間違われて逮捕される有様だったといいます。大のコーヒー好きでしたが、それもコーヒー豆の数がきっちり60粒でないといけないというエピソードは変人以外の何者でもないでしょう。ベートーヴェンといえば難聴にもかかわらず多くの名曲を作曲したことで知られます。実際には多少の音は聞こえていたとの説もあり、もしかすると骨伝導によって代替していた可能性もあります。
学校の音楽教室で見た石膏のベートーヴェンの胸像では、決してハンサムとはいえないと思いましたが、なかなかのモテ男だったようでいろいろ浮名を流していて、かかわった女性は数知れないといいます。いずれも貴族の子女や夫人だったせいか結婚には至らず、56歳で亡くなるまで生涯独身でした。その死後、彼が愛用していた机の中から宛先不明の手紙が発見されました。「これほど愛しているのに」「どうか冷静でいてください」などの言葉とともに、決定的な「わが不滅の恋人」という文字が踊る熱烈なラブレターです。書かれた年代も書かれた場所も不明でしたが、のちの研究で1812年にチェコのテプリツエで書かれたものと解りました。多くの研究者が「不滅の恋人」の解明に力を注ぎ、10人近い候補者の中から現在ではジョゼフィーネ・ブルンスヴィックとアントニー・ブレンターノの二人に絞り込まれています。いずれも貴族の出身で、ジョゼフィーネは未亡人、アントニーは大富豪の夫人です。
アントニーが実はベートーヴェンの「不滅の恋人」であったとの想定のもとに、作られた舞台が「Op.110ベートーヴェン『不滅の恋人』への手紙」で、昨年末に関西で初演、各地でも上演されました。この作品にはベートーヴェンその人は登場しません。一路真輝が演じるアントニーをはじめ、他の登場人物や演奏されるピアノ音楽からベートーヴェンの生き様を想像し、彼の激しい恋をイメージしなければなりません。その意味では舞台中央に置かれたクラシックな装飾を施したグランドピアノも立派な主役です。劇中、わが国では年末恒例行事の一つ「交響曲第九番」合唱付きも触れられています。第4楽章「歓喜の歌」で知られる「第九」ですが、昨年末はコロナ禍でそれどころではありませんでした。今年の歳末には高らかに「歓喜の歌」が巷にあふれることを祈ります。
(2021.2.1)