事業管理者のつぶやき
Chapter139.牛(丑)のめぐみ
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
今年2021年の干支は「辛丑(かのとうし)」で、十二支の「丑」はその音読みから動物の「牛」が当てられます。ウシは大型動物であったため、小型のヤギや羊などと比べ家畜化が遅れ、約1万年前から人間に身近な存在となりました。その有用性から飼育頭数は増加の一途で、世界総計は約15億頭と推定されます。ウシの用途は幅広く、まず役牛として農耕や運搬などの使役に利用されます。さすがにわが国では見かけませんが、私が子供の頃は動力としてウシが使われるのは珍しくありませんでした。ウシといえばやはり食用でしょう。多くの食肉家畜の中で、牛肉は第一位といっても過言でなく、日本各地のブランド牛なかでも神戸牛は最高位の食肉の一つです。肉牛では文字通り顔から尾までほとんどすべての部分が食用に供されます。
牛皮も加工されて、衣類、装飾品、家具など種々の材料になります。仔ウシの皮革は柔らかいことから、食肉の「ヴィール」「カーフ」と同様に、これも「カーフ」ととくに区別されます。牛骨はおなじみラーメン・スープに用いられ、牛角は印鑑の材料に使われます。牛糞までも肥料や乾燥して燃料として利用する地域もあります。またウシ同士を戦わせて娯楽とする闘牛は、日本も含めて世界各国で見られますが、スペインの闘牛は華麗な闘牛士と獰猛なウシとの闘いをショーにして観客を熱狂させています。
ウシから得られるもので忘れてはならないのは牛乳です。「ミルク」といえば牛乳の代名詞になるくらい、ウシは家畜乳の代表的な産生源で、このため乳用牛は品種改良が重ねられています。今では乳牛一頭あたりの年間乳量が8,500Kgを越えるそうです。乳牛だからと言って乳が出るわけではないので、人工授精による妊娠・出産を繰り返し、常に産後の授乳状態を保つように心がけます。産後約300日間搾乳されますが、産後2ヶ月目には次の妊娠のため人工授精が行われ、約9ヶ月の妊娠期間を経て、再び出産、搾乳が繰り返されるわけです。しかも乳牛として畜産されるのは5〜6年で、以後は乳廃牛となるのですから、家畜の宿命とはいえ乳牛の一生もかわいそうです。
国内の牛乳の約半分は北海道で生産されます。生乳100%の無調整牛乳がもっとも自然で美味しいのですが、乳脂肪分が高くなるとより美味しく感じられ、健康を度外視してつい購入してしまいます。生乳を加工してチーズ、バター、ヨーグルト、クリームなどの乳製品が作られます。ヨーグルトは原料乳を乳酸菌で発酵させて作られます。発酵させる菌によって味や食感も変わり、個人的にはねっとり感のあるカスピ海ヨーグルトが好みですが、クレモリス菌(乳酸菌)と酢酸菌で作られています。おなじみのブルガリアヨーグルトはブルガリカス菌(乳酸菌)が使われます。チーズも乳酸菌と凝乳酵素を加えて作りますが、チーズの薀蓄については一家言を持つ方も多いので、ここでは語りつくせません。バターも乳酸発酵させたクリームからも作られますが、日本のバターはほとんどが非発酵クリームを原料としています。クリームは生乳の乳脂肪分を取り出したもので、乳脂肪分が約60%のクロテッドクリームとスコーンの相性は抜群だと思います。
コーヒーや紅茶など嗜好品はストレートを好む人もいますが、私は乳製品を加える方が好きです。コーヒーには生クリームを加え、紅茶はミルクティーをオーダーします。イギリス人のミルクティーの入れ方のこだわりは想像以上です。ジョージ・オーウェルのエッセイ「一杯のおいしい紅茶」でそのこだわりを縷々述べていますが、紅茶に入れるミルク一つを取っても乳脂肪分を取り除くことを要求しています。他は推して知るべしです。
(2021.1.1)