事業管理者のつぶやき
Chapter135.リメイク
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
19世紀アメリカの小説家ルイーザ・メイ・オルコットは、自伝的小説「若草物語(Little Women)」の作者として知られています。南北戦争時代に父が北軍従軍牧師として出征したマーチ家の4姉妹メグ、ジョー、ベス、エイミーの物語で、当時のピューリタン中流階級の生活を若い娘たちの視点で描いた作品は、何度も映画化されました。1933年に初映画化された時はもちろんモノクロでしたが、ジョー役のキャサリン・ヘプバーンが際立っていました。1944年にカラー映画としてリメイクされ、おそらくもっともポピュラーな作品となり、アカデミー賞美術賞と撮影賞も受賞しています。姉妹をジャネット・リー、ジューン・アリソン、マーガレット・オブライエン、エリザベス・テイラーと今から見るとそうそうたるメンバーが演じました。往年、クレオパトラなどで妖艶な演技を見せたリズ・テイラーがうんと可愛い姿で登場し、その美少女ぶりを見ることができます。次の1994年のリメイク映画を私は観ていませんが、フェミニズムの浸透をうかがわせる作品といわれます。
2019年制作のリメイク最新作が、「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」のタイトルで今年公開されました。リメイクだから当然のことかもしれませんが、1944年作品と画面の色調等がそっくりで、19世紀後半の佳きアメリカのイメージはかくやと想像させました。作品賞をはじめアカデミー賞6部門にノミネートされ衣裳賞を獲得したのも、原作の時代をノスタルジックに描いた賜物でしょう。本作では作者のオルコットを思わせる作家志望の次女ジョーをヒロインに据えて、シアーシャ・ローナンがアカデミー主演女優賞ノミネートの名演技を見せます。昔の日本もそうであったように、この時代のアメリカも女性の幸せを結婚に求める結婚至上主義で、結婚願望の強い長女メグに具現化されています。しかし著者オルコットは今から150年以上も前に、作者の分身である次女ジョーに女性の自立を託しており、21世紀の本作はこの点を強調しているように見えます。それもそのはずで、自身の自伝的映画「レディ・バード」でもシアーシャ・ローナンを起用して脚本・監督を担当した女優グレタ・ガーウィグが本作品の監督を務めています。
映画界ではヒットした作品は「若草物語」のように往々にしてリメイクされます。中には国境を超えてリメイクされるものもあり、黒澤明監督の「七人の侍」は舞台をメキシコに移してアメリカ映画「荒野の七人」としてリメイクされました。リメイクとは意味が違いますが、ヒット作品の後日譚が映画化されることもあります。しかし、監督と主演俳優たちが同じで半世紀以上を経て制作されることは稀でしょう。それが1966年制作フランス映画「男と女」で主演したジャン=ルイ・トランティニャンとアヌーク・エーメの53年後の再会を描いた2019年制作「男と女 人生最良の日々」で、ともにクロード・ルルーシュ監督です。
1966年作品はお互いにパートナーを亡くしたジャン・ルイとアンヌのラブストーリーで、カンヌ国際映画祭パルムドールを獲得しています。映画自体を知らない世代も、フランシス・レイ作曲の「ダバダバダ」で始まる主題歌は聴いたことがあると思います。主題歌だけでなく主人公たちの恋愛模様も一世を風靡した映画でしたが、まだ無名だったルルーシュ監督はただ女性にモテたい一心で映画を作ったと当時を振り返っています。さて別々の人生を歩んできた二人が53年ぶりに再会するのが2019年作品です。元レーシング・ドライバーのジャン・ルイは認知症で老人ホームに入居しています。しかしアンヌとの楽しかった日々は時々記憶に蘇り、今もアンヌを愛していることがわかります。ジャン・ルイの息子が探し出したアンヌは実業家として活躍していて、老いたジャン・ルイとのギャップが痛ましく感じられます。年代を超えて結集した一作目のスタッフ・キャストが伝えるのは、フランス人の恋愛至上観かもしれません。
(2020.9.1)