広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter128.春告草

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

「東風(こち)吹かば にほひおこせよ 梅の花 主(あるじ)なしとて 春なわすれそ」

菅原道真が大宰府に左遷される際に、屋敷の梅に別れを告げて詠んだ、誰もが知る歌です。「東風」は待ちかねた春の到来を告げる希望の風で、この季節に吹く東からのやや強い風です。「梅は百花の魁(さきがけ)」ともいって、その年どの花よりも早く咲くだけでなく、匂いが素晴らしいことでも愛でられています。梅の別名に春告草(はるつげぐさ)あるいは匂草(においぐさ)と呼ばれる所以です。年初に咲く梅の花は、花の咲く順を兄弟に見立てて「梅は花の兄」とも呼ばれます。ちなみに「花の弟」は菊の異名で、「花の王」は日本では桜とされています。梅の花の香りの良いことは道真の歌だけでなく、松尾芭蕉の句「梅が香にのっと日の出る山路かな」でも知られます。

少し時期をずらせて私たちを楽しませる「梅と桜」は、美しいものが並んでいるたとえに使われ、「梅と桜を両手に持つ」は文字通り「両手に花」状態を指します。とはいえ両者は微妙に異なり、「梅は香りに桜は花」あるいは「散るは桜薫る梅」とそれぞれの特徴を表しています。ついにはいいとこ取りをして、「梅が香を桜の花に匂わせて柳の枝に咲かせたい」と非現実的な無理難題の望みを持ちます。

梅の果実はたとえ熟していても酸味が強く、クエン酸などを含むので酸味料として使われてきました。中国では塩とともに梅は最古の調味料と言われ、そこから「塩梅(あんばい)」という言葉が生まれました。塩味と酸味で醸し出された料理の味加減を表す言葉が、物事の出来具合や調子、健康状態などを表すようにもなり、「いい塩梅だ」などと言います。ビジネスの場面で「仕事の進捗状況はどんな塩梅ですか」などと大和言葉で尋ねると、詰問調にならず人間関係がうまくいくといいます。(「美しい『大和言葉』の言いまわし」三笠書房)

梅とくに青梅の果実や種子には青酸配糖体が含まれていて、消化管内の環境によって有毒化して死亡に至ることもあると言われます。青梅の未熟な種子を大量に噛み砕いて食した場合などで時に中毒症状を起こすことから、「梅は食うとも核(さね)食うな」との警句が生まれました。「梅」と「毒」というとなんとなく短絡的に「梅毒」を連想してしまいます。輸入感染症であった梅毒は当初「黴毒(ばいどく)」と記載されていました。症状に見られる発疹がヤマモモ(楊梅)の果実に似ていること、そして「黴毒」の「黴」と「梅」が音読みで一致するところから「梅毒」と名付けられたなど諸説があります。いずれにしろ「梅」とは無関係で、梅にとって大迷惑でしょう。

梅の実を塩漬けにした後に天日干しにして伝統的梅干しが作られます。強い酸味があり、「梅干し」と聞いただけで誰もが口中に唾液を溢れさせるはずです。健康食品であるだけでなく、保存食として長期保存が可能で、保管状況によっては何百年前に漬けられた梅干しでも食べられたそうです。そう言えばわが家にも亡き義母がむかし漬けた自家製梅干しが今も冷蔵庫に入っています。「梅干しと友だちは古いほどよい」とも言いますね。

(2020.2.1)