広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter121.朝顔、蝉、蛍

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

最近の小学生は夏休みといえども塾やお稽古事で忙しそうです。私の小学校時代は夏休みのドリル(もう使わない死語ですね)1冊以外に、宿題といえば朝顔の観察日記くらいでした。「朝顔の花一時(はなひととき)」と言われるように、夏の朝に開花した朝顔は昼ごろにはしぼんでしまい、盛りの時期が短く、はかないことの例えに使われます。転じて花と同じように人の栄耀栄華が永続きしないことを、「花一時(はないっとき)人一盛り(ひとひとさかり)」と称したりします。

物事の盛りの時期の短いことのたとえに、「蛍二十日に蝉三日」ということわざがあります。蛍と蝉はともにその命の短さから、盛りの短いものの代名詞に使われているのです。蝉は地中で幼虫として過ごす期間が何年にも及びますが、地上に出て羽化して成虫となると、約1ヶ月でその生涯を終えるとされます。しかし、俗に蝉の寿命は短命で1週間と信じられてきました。角田光代の小説「八日目の蝉」のタイトルはこの俗説を下敷きにつけられています。不倫相手の赤ん坊を誘拐した女性の逃亡劇と、誘拐され幼少期を過ごし、犯人逮捕後に親元に帰り成長した女性が、やはり不倫相手の子を妊娠するという運命の変遷を描いた小説です。角田光代の代表作の一つとなり、ベストセラーとなった「八日目の蝉」は、NHKテレビ「ドラマ10」の第1作に採用され、その後映画化もされました。幼児誘拐犯をテレビドラマでは檀れいが、映画版では永作博美が好演、母性の本筋を問う力作でした。八日目まで生きた蝉は七日目で普通の生涯を閉じた蝉よりもより多くの体験を積め、他人にはない経験はたとえそれが苦しくとも何かの糧になるということでしょうか。

角田光代の作品を映画化した新作「愛がなんだ」もまた恋愛や人生をテーマにした角田ワールドを展開させます。それぞれ片思いの男女二組の日常を淡々と描き続けます。ヒロインのテルちゃんが仕事二の次、恋愛最優先の生活、なのに彼氏のマモちゃんからは便利使いされるだけの有様。テルちゃんの親友葉子を片思いし、召使のように尽くすナカハラ。恋愛が成就しない最近の若者の群像をどうしようもない片思いを通して垣間見ることができます。わたくし的には江口のりこ演ずる超勝手アラフォー世代のキャラクターに興味を持ちましたが・・・。映画館でたまたま今泉力哉監督のトークショーと京都拠点のバンドHomecomingsの歌う主題歌を聞く機会がありましたが、美しい朝焼けのシーンを夜中からスタンバイして撮影できた話などを知ることができました。

短命な蛍もまた恋にからめた表現が少なくありません。相手に会わないで激しく思い焦がれるさまを、「見ず」と「水」を掛言葉として「水に燃え立つ蛍」(水上を燃え立つように光り輝き飛び回る蛍)とたとえます。もっと激しいのは「鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」です。説明するまでもないでしょう。恋愛の心情を口に出すより心の奥底で思いを深く内向させているなど、なにやらストーカーに共通していそうです。

夏の風物詩からすこし熱くてコワーイ話になりました。

(2019.7.1)