事業管理者のつぶやき
Chapter120.どんでん返し
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
小説にしろ映画にしろ、ストーリーの展開における意外性は大きな魅力の一つです。とくにミステリー分野ではトリックの奇抜性が面白さを倍増させ、読者や観客が気持ち良く驚くことができれば、作り手にとっても満足感が増すに違いありません。多くの人々の娯楽の極みとなる手法、技法の一つは何と言っても「どんでん返し」と言えます。したがって結末の「どんでん返し」をキーワードにする作品群は数知れず見ることができます。そのものずばり「どんでん返し」をタイトルにしたアンソロジー「自薦Theどんでん返し」シリーズに加えて「新鮮Theどんでん返し」「特選Theどんでん返し」(いずれも双葉文庫)などにぎやかな限りです。アガサ・クリスティーの名作ミステリー「オリエント急行殺人事件」などは何度も映画化され、どんでん返しの極みともいえる作品ですが、ネタバレしていても読むたび観るたびに心地よく楽しませてくれます。
原作者アガサ・クリスティー自身が最高傑作と認めた小説「ねじれた家(Crooked House)」が初めて映画化されました。ギリシャ生まれのイギリスの大富豪レオニデス氏が殺害され、孫娘のソフィアと私立探偵チャールズが真犯人の捜査に取りかかります。犯人はレオニデス家の一員と思われるのですが、複雑な家族構成の一族は題名通りねじれた心を持ちます。三世代にわたってそれぞれが一癖も二癖もある9人の親族は、いずれも殺害動機があります。欲望、愛、嫉妬、嘘などが絡み合う中、第二の殺人事件も起こり、事態は二転三転して結末にたどり着きます。次々のどんでん返しに、観客は翻弄されます。真相がわかった上でもう一度観なおしたくなる作品です。
「どんでん返し」はもともと歌舞伎で使われた言葉で、「強盗(がんどう)返し」とも言われ、舞台のセットに使われている仕掛けの名称です。背景を描いた大道具が90度後ろに倒れ、床に伏せてあった背景が立ち上がって、一瞬のうちに舞台を大転換させることから、転じてストーリー展開で正反対に覆る技法に名付けられました。なぜ「どんでん返し」というのかについては、「強盗返し」では一般人に意味不明なので、「どーん」とひっくり返って「でーん」とシーンが変わるという説、「どんでんどんでん」という鳴り物の音という説、あるいは大道具を倒す時の擬音という説もあります。いずれにしろ形勢や立場が正反対にひっくり返り、予想と真逆の展開を見せることはスリリングです。
予想だにしない出来事が起こることを「青天の霹靂(へきれき)」とも表現します。「青天」は晴れ渡った青空を示し、「霹靂」は雷鳴を言います。よく晴れた日に突然雷が鳴り響く状態から、突然の予想外の出来事の喩えに使われます。「青天」は「晴天」とよく記されますが、根拠となる原典「放翁病過秋、忽起作醉墨。正如久蟄龍、青天飛霹靂」(中国の詩人・陸游)から「晴天」は誤りです。「霹靂」をすっと書ける人は少ないでしょう。私も手本を見ないと書けません。今月の梅雨に始まり、7月、8月の猛暑など、夏の気候は激しく且つ獰猛です。梅雨の晴れ間に突然積乱雲が発達し雷鳴が轟くこともあります。昨年の各地の集中豪雨など記憶に新しいところです。災害への備えを怠らず、「青天の霹靂」と驚くことのないように心がけましょう。
(2019.6.1)