事業管理者のつぶやき
Chapter117.春、百花あり
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
春です。動植物が冬眠から目覚め、活動を開始する時期が巡ってきました。春といえば花、花といえば桜が定番のわが国です。3月の誕生色は「夢宵櫻」色といって、ここでいう桜は江戸時代の品種改良で生まれた染井吉野ではなく山桜で、桃色を極限まで薄めた淡いピンク色を指しています。春の花は桜に限りません。中国伝来の「二十四番花信風(にじゅうしばん かしんふう)」は二十四節気のうち春先から初夏にかけての八節気の間に花の開くのを知らせる風を意味していて、各々の節気毎に三つの花が配分されています。小寒《梅(ウメ)・椿(ツバキ)・水仙(スイセン)》、大寒《沈丁花(ジンチョウゲ)・蘭(ラン)・灰木(ハイノキ)》、立春《黄梅(オウバイ)・山桜桃(ユスラウメ)・辛夷(コブシ)》、雨水《菜の花(ナノハナ)・杏子(アンズ)・李(スモモ)》、啓蟄《桃(モモ)・山吹(ヤマブキ)・薔薇(バラ)》、春分《海棠(カイドウ)・梨(ナシ)・木蓮(モクレン)》、清明《桐(キリ)・麦(ムギ)・柳(ヤナギ)》、穀雨《牡丹(ボタン)・頭巾薔薇(トキンイバラ)・栴檀(センダン)》となります。読み方もよくわからないものもありますし、見たことのない花もありませんか。
俳人松尾芭蕉の名言集に「春に百花あり秋に月あり。夏に涼風あり。冬に雪あり。すなわちこれ人間の好時節。」とあります。これは中国の禅問答に由来する禅宗の漢詩「春有百花秋有月 夏有涼風冬有雪 若無閑事挂心頭 便是人間好時節」を引用したもので、後段は「つまらぬことにあれこれ思い煩うことがなかったら、春夏秋冬、いつでも人間にとって好時節である」と解釈されます。高田郁「花だより」はシリーズ「みをつくし料理帖」特別卷として最近刊行されましたが、表題作「花だより」、「涼風あり」、「秋燕」、「月の舟を漕ぐ」の四つの短編連作で、女主人公澪(みお)のシリーズ完結後日譚です。お気付きのようにそれぞれの題名に用いられた「花」「涼風」「月」は禅宗の漢詩を下敷きとして、四季の移り変わりとともに物語を進行させています。
「みをつくし料理帖」は本文で出てきた料理のレシピが巻末に付録としてつくのも楽しみです。「花だより」の項では澪の江戸時代での勤め先「つるや」の店主が作る浅蜊(アサリ)佃煮です。アサリは春と秋の産卵期前が食べ頃で旬とされています。和洋を問わずさまざまなメニューで活躍しますが、さっぱりしたお吸い物やこってりした酒蒸しも美味で、鉄分やミネラルに富む食材です。佃煮のレシピでは、醤油・酒・味醂・砂糖の調味料に生姜を加えて煮だて、アサリのむき身を入れて火を通してから、アサリと生姜を一旦引き上げます。残った煮汁を煮詰めて、取っておいたアサリと生姜を戻して再び煮詰めると出来上がりです。桃の節句に欠かせないハマグリもまたアサリ同様に調理され、食される旬の二枚貝です。
春は野草も花を咲かせます。緑蘩蔞(みどりはこべ)は道端で見つかる野花です。白く小さな五弁花は太陽の光を浴びると開きます。菫(すみれ)はスミレ色と言われる濃い紫色の花びらを思い浮かべますが、日本にはスミレ属は100種類を越すほどあるそうです。代表的なタチツボスミレは各地に見られ、スミレをシンボルとする市町村も多く、宝塚市もその一つです。いうまでもなく由来は「スミレの花咲く~」の宝塚歌劇です。繁殖力が強いことから、縁起を担いで家紋によく使われるカタバミもまた春から黄色い五弁の花をつける草花です。葉の片方が欠けて見えることから名がついたそうです。タンポポもこの季節に黄色い花を咲かせ、綿毛と呼ばれる種子は風に乗って遠方に運ばれます。樹木だけでなく、道端の野草も一斉に花が咲く春、百花繚乱の季節を謳歌しましょう。
(2019.3.1)