事業管理者のつぶやき
Chapter111.世界に吹く風
市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆
男性に多い疾患で、体内に尿酸が増え関節炎などをきたす痛風は、激痛発作を伴うことでよく知られています。そのため痛風の語源は「風が吹いても痛い」から名付けられたなどともっともらしく言われています。実は中国語の痛風の「風」は「風疾(中枢神経系の病気)」を意味していて、「痛みが起きる全身疾患」が正解です。しかし、「風が当たっても痛い」とか「風のようにやって来て、風のように去る」などとまことしやかに「風」に絡めた説が流布しているのは、風が身近な存在だからなのか、風に恨みでもあるからでしょうか。
風は気象学的には地球上の大気の流れを意味していて、厳密には地表に対して水平方向の空気の流れまたは流れる空気自体を指しています。この空気の流れは、三つの力が作用しています。第一は「気圧傾度力」で、単純には高気圧から低気圧の方向に気圧差を解消する現象ということができます。第二に「摩擦力」で、風が地表面を移動することで摩擦力が働き、動き出した風も次第に弱まって消滅します。第三の力は「コリオリの力」といわれるものです。これは地球の自転による回転力が作用して、風向きが変化します。その上で季節や地形の影響が加わって、地球上では幾種類もの特徴を持った風が吹くわけです。
風には方向性(北風、南風、東風、西風)、強弱(突風、強風、そよ風)、季節性(春風、木枯らし)、学問性(陸風、海風、ビル風)などの観点から様々な名前がつけられ、区別されてきました。さらにその地域や地形特有の風には、固有の名称をつけられたものも少なくありません。福島あずさ著「窓から見える世界の風」(創元社)には、そのような地域特有の名前がつけられた50の局地風(あるいは地方風)が紹介されています。最初に出てくるエレファンタ(Elephanta)はインド・アラビア海に夏の終わりに吹く東風で、大航海時代にはインド特産品を積んだ船がこの風を合図に東アフリカに向けて旅立ちました。船乗りや漁師は船出の目安にする風にしばしば名付けしています。夏の日本海側で見られる「だし風」は、山からのおろし風が谷間で強められ、平野や海に向かって吹き出す強風で、土地によって清川だし、荒川だし、羅臼だしなどと呼ばれます。また南緯40度から50度の間に吹く強烈な偏西風はロアリング・フォーティーズ(Roaring Forties)の呼び名で、帆船時代の最速ルートに用いられました。
南アフリカに吹くケープ・ドクター(Cape Doctor)やブルガリア東部の冬に吹くカラジョル(Karajol)などは、湿気を吹き飛ばし人々を快適にする風として歓迎されますが、ネーミングされた多くの風はむしろ災害をもたらす警戒すべきものとして恐れられています。西半球のハリケーン、日本の春一番、アルプス山脈のフェーンなどがよく知られていますが、イタリア・アドリア海の冬の風物詩ボラ (Bora)、フランス地中海沿岸のミストラル(Mistral)、ロシア南部の大嵐ビウガ(Viuga)、デンマーク・フェロー諸島の旋風オエ(Oe)、スーダンの砂嵐ハブーブ(Haboob)等々世界各地の生活に結びついた局地風の数々に驚かされます。
私たちにとってもっともなじみの深い局地風といえば「六甲おろし」です。六甲おろしは六甲山山頂から西宮市街に吹きおりる強い北風を指し、季節を問いません。今や「六甲おろし」と言えば阪神タイガースの歌として日本中に知られていますが、かつて阪急西宮球場を本拠地としたプロ野球球団阪急ブレーブスの団歌の歌詞も「♪六甲おろしに鍛えたる♪」から始まったことを知る人も少なくなりました。今年の日本シリーズで果たして「六甲おろし」の大合唱を聴くことができるでしょうか。
(2018.9.1)