広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter93.君の名は

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

昨年大ヒットした映画「君の名は」を遅ればせながら今年に入って観てきました。私たちの世代で「君の名は」と言えば、まっさきに頭に浮かぶのは、第二次世界大戦後に菊田一夫原作・脚本で放送され、放送時間には銭湯の女湯が空になる(自宅に風呂がある家が少なかった時代です)とまでいわれた女性に大人気の連続ラジオドラマです。タイトルこそ同じですが、今回の「君の名は」は高校生を主人公にした新海誠監督のアニメーション映画です。8月26日に公開され、興行収入が年末までに200億円を軽く超えていて、この時点でアニメ映画としては「千と千尋の神隠し」(308億円)、「アナと雪の女王」(255億円)に次ぐランクで、ロングラン上映が続いています。

ストーリーは、田舎町に住む女子高校生三葉(みつは)と東京の男子高校生瀧(たき)が、夢の中で互いに入れ替わり、奇妙な体験を繰り返す中で、コミュニケーションが生まれます。当然想像されることですが、二人は恋に落ちます。これに彗星の大接近という天変地異などがからみ、エンディングに向けてサプライズがつづきます。そもそも体や心が入れ替わるというお話は決して珍しいものではありません。我が国には「とりかへばや物語」というこの道の古典があります。権大納言の息子と娘はいずれも美男美女でしたが、性格は男性的な女子と女性的な男子だったため、男女の性を逆転して育てた結果、大混乱とくに貴族社会の自由奔放な恋愛事情を巻き込んでいく面白い話です。いま話題の性同一性障害を先取りした点でも評価される12世紀の作者不明の物語です。

人が入れ替わるという非現実的な話は現代でも人気があるのか、NHKドラマ10では2014年秋に「さよなら私」、2016年秋に「コピーフェイス~消された私~」を放映しています。前者は高校時代の親友が、それぞれ主婦とキャリアウーマンとして再会しますが、二人の心と体が入れ替わって物語が展開します。後者では飛行機事故で記憶喪失になった女性が、事故死した故人と間違えて救出され、完全整形で結果的に入れ替わった状態になるサスペンス・ドラマです。「君の名は」や「とりかへばや物語」と異なり、こちらは女性同士の変身ですが、男女の感情のもつれなどが描かれる点では変わりありません。

なぜ荒唐無稽ともいえる「入れ替わり」がこれほどの人気を生むのでしょう。人生に「タラ」「レバ」がない現実社会で、人々は変身願望に逃避して夢を見るのでしょうか。小説等に出てくる「パラレルワールド」もまた「入れ替わり」の亜型です。村上春樹のベストセラー長編「1Q84」がいい例です。物語では1984年に存在した主人公が偶然並行世界「1Q84」に瞬間移動して起こる出来事が書かれています。科学的にはほとんどありえないと考えられる、体や心の「入れ替わり」や環境の入れ替わりともいえる「パラレルワールド」がもてはやされるのは、閉塞した現実のフラストレーションの代償に求める変身願望なのか、自分は安全な現状に身を置いていろいろな刺激を受けたいという遊び心からでしょうか。

さて、「君の名は」を観た私の感想です。よくできた面白いストーリーだと思います。アニメもよく描き込まれています。しかし、こんなに人気があるほどの映画とは正直思いませんでした。科学的な合理性を批判する立場では決してありません。若い層を対象としているので、私にはその感性がなくなっているのかもしれません。そうだとすれば悲しいですね。

(2017.3.1)