広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter54. 二つの取り違え

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

最近でこそ減少傾向にありますが、医療をめぐる訴訟は2000年頃から激増し、しばらく高止まり状態でした。これは1999年Y大医学部付属病院で起こった手術患者取り違え事故をきっかけに、医療に対する不信感が生まれ、何でも訴訟の機運が生じたためと云われています。その後も患者こそ取り違えていなくても、手術臓器の取り違えとか、右と左の間違いなどの医療過誤は後を絶ちません。何処の医療機関も、医療過誤の予防や医療安全の確保に頭を悩ませ、工夫を凝らしていて、市立芦屋病院も例外ではありません。

患者や臓器の取り違えも悲劇ですが、新生児の取り違えは当事者だけでなく家族も巻きこみ、その波紋は大変なことになるのは想像に難くありません。6年間愛児と信じて育ててきた我が子が、実は他人の息子だったという、互いに取り違えられた二組の家族を描いたカンヌ映画祭受賞作が是枝裕和監督「そして父になる」です。都心のエリート・サラリーマン家庭と街の小さな電気屋一家とのギャップが、サラリーマン夫婦の視点で描写されます。不条理な出来事にやり場のない怒りをもつ夫と、母親なのになぜ気がつかなかったかと自責の念に苦しむ妻、加えて見るからに品性が無く、教養に欠ける電気屋夫婦が苛立ちを増幅させます。何事もクールに人生計画を立ててきたエリートとごちゃごちゃと猥雑であっても暖かい家庭の商売人との対比は、あたかもデジタルとアナログの関係です。結局「氏より育ち」か、と思わせる結末ですが、今年観た中で最も心に残る映画の一つでした。

映画ではあまり多くのシーンは割かれていませんでしたが、私の立場では病院の対応が気になりました。両家両親だけでなく、祖父母や兄弟への影響、何よりも息子たちの心的トラウマを考えると、単純に金銭的補償などでは償えない重大な加害者責任を感じます。医療者が日常何気なく行っている行為が、ちょっとした気のゆるみや不注意から、何人もの人生にとんでもない影響を与えかねません。私たちに充分な自戒が必要な所以です。

東京国際映画祭受賞作のフランス映画「もう一人の息子」もまた赤ん坊取り違えをテーマにしています。イスラエル人の家族で、息子が兵役のための血液検査で実子でないことが判明、18年前の湾岸戦争時の混乱下の病院で取り違えられたことが発覚します。しかも、その相手がイスラエルの宿敵パレスチナ人の子だったのです。この映画でも病院の対応はおざなりの謝罪程度でしたが、ストーリー的には両家が敵対する国家に属していることから、「そして父になる」より悲惨な状況を生み出します。親子・兄弟の情愛と民族的憎悪の葛藤はまるで形を変えた「ロミオとジュリエット」のようです。ここの救いは、当事者の息子たちがアイデンティティに悩みながらも、互いに相手を思いやり友情を育むことです。それにもまして印象的なのは、母親たちが現状を受け入れる早さと包容力の大きさです。一方、父親たちは頑迷でいつまでもメンツにこだわります。洋の東西を問わず、酷似した演出が為されているのは、女性と男性の生まれつきの本能を反映しているのでしょうか。ともあれ、お互いの家族が「もう一人の息子」と認識して、ハッピーエンドを迎えます。

新生児取り違えを共通項に書き始めたつぶやきですが、日韓、日中にすきま風が吹く今日この頃、今一度平和の大切さにも思いを馳せました。

(2013.12.1)