広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter51. 学び舎

市立芦屋病院 事業管理者 佐治 文隆

昭和37年(1962年)に大阪大学に入学した私たち医学部の学生は、まず池田市石橋の一般教養部で2年間の教養課程を過ごした後、大阪市中之島にあった医学部で専門課程を学びました。教養部にはイ号館、ロ号館と呼ばれる建物で講義を受けましたが、事務局も入っていたイ号館は古色蒼然たる建築でした。それもそのはずで、昭和3年(1928年)に旧浪速高等学校の校舎として建てられ、学制改革によって阪大に移管された歴史がありました。もっとも、そのような由縁をよく知らない私たちにとっては、ただ古くさくて暗い教室の印象しかありませんでした。なんと、この建物が平成16年に国の登録有形文化財建造物に指定され、さらに平成23年(2004年)には「大阪大学会館」として整備、リニューアル・オープンされていました。

平成5年(1986年)に吹田市千里の吹田キャンパスへ移転した医学部と違い、母校とはいえ石橋には足を運ぶことがなかった私ですが、初夏の日曜日に大阪大学会館を訪れる機会がありました。50年ぶりに見るイ号館は、周辺の遊歩道とともに大きな変身を遂げていました。文系の学生たちと一緒に法学や心理学の講義を受けた大講堂は、薄暗くて黒板の字も読めなかったことなどウソのように思われます。二階に回廊式バルコニーを備えた美しい音楽ホールで、この日は定例のワンコイン市民コンサートが開かれ、500円で優雅な午後のひとときを過ごせました。プログラムはドビュッシーの作品中心で、大阪音楽大学青柳いづみこ教授の企画、ピアノ演奏で、バリトンやソプラノ歌手も出演するものでした。1920年製作のベーゼンドルファーグランドピアノは、とても年代物と思えない音色を奏でていました。

月例のコンサートといえば、なんといっても私たちの病院のマチネーコンサートを抜きには語れません。その回数は実に180回を超え、芦屋病院の「黄色いピアノのコンサート」は、15年以上にわたって多くの患者さんだけでなく市民をも癒してきました。金澤佳代子先生と金山前病院長との出会いから生まれたこのコンサートは、佳代子先生のプロデユースで毎回バラエティに富んだゲストを迎えて行われています。多くのファンやサポーターにも感謝しています。白状しますと、私は子供の頃に佳代子先生の叔母様の金澤奈津子先生のレッスンを受けたことがあります。超とびきりの折紙付き劣等生でした。

音楽がヒトの健康に与える影響については科学的にも証明されていて、補完・代替療法として緩和ケアなどで用いられています。ただ音楽を鑑賞するだけではなく、積極的に演奏に加わったり、歌ったりすることによっても、身体的・精神的・心理的あるいはスピリチュアルに安定が得られます。イギリスの美しい田園に建つ、引退した音楽家たちの老人ホーム「ビーチャム・ハウス」で繰り広げられるドラマを、名優ダスティン・ホフマンが監督・映画化して「カルテット 人生のオペラハウス」を完成させました。人生の黄昏を迎えたミュージシャンたちの心温まるストーリーは、全編バックに流れるオペラ、クラシック、ジャズとともに観客を魅了します。しかも実在の有名な音楽家たちがキャストに加わり、老いてなお楽しげに出演している姿には、感動と羨望を覚えました。

(2013.9.1)