広報誌HOPE Plus

事業管理者のつぶやき

Chapter148.ウィドウ NEW

市立芦屋病院事業管理者 佐治 文隆

ウィドウ(widow)は夫を亡くした妻を言い、未亡人、寡婦、後家などと訳されています。未亡人は文字通り「未だ死なない人」であり、古代中国における「夫に殉じて妻は夫と共に死ぬべきなのにいまだ死なない人」が語源とされます。フェミニズムの視点からするととんでもない言葉で、現代の感覚では顰蹙モノです。その点、寡婦(かふ)は配偶者と死別または離別して再婚していない女性を指し、男性の場合は寡夫(かふ)と同じ読み仮名でも漢字を変えているので、男女平等といえます。後家もまた「家」制度のもとで夫亡きあと家長の後見人的な意味で命名されたようで、本来は一対の品物の一方が失くなった時の残りを指しますが、寡婦と同義語に使われています。もっとも適齢期を過ぎても結婚しない女性を「行かず後家」と呼ぶのはアウトでしょう。ちなみに英語ではウィドウの反対語の寡夫はウィドウア(widower)と区別しています。

近年わが国で名が知られるようになった外来種の有毒クモ、セアカゴケグモはゴケグモ属に分類されます。ゴケグモ類の由来は英名「widow spider」そのままの和訳で、交尾後メスがオスを共食いすることから名付けられています。ゴケグモ類でもっとも知られているのはクロゴケグモ(black widow spider)です。「ブラック・ウィドウ(Black Widow)」というと、最近はコミック作品のキャラクターでアベンジャーズの一員、マーベル映画のヒット作を指すようですが、私などはアイザック・アシモフの短編推理小説「the Black Widowers(黒後家蜘蛛の会)」をつい思い浮かべます。少年時代の愛読雑誌「EQMM(エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン)」に断続的に掲載されたシリーズで、ニューヨークのレストランで毎月開催される少人数の推理オタクの会で、毎回謎解きに挑戦する趣向です。どのような難事件も最後には黙って聞いていた給仕のヘンリーが真相を解き明かすという、いわゆる安楽椅子探偵(Armchair Detective)モノです。アガサ・クリスティのミス・マープル、都築道夫の「退職刑事」滝沢などと同類です。

寡婦、未亡人というとどうしても暗いイメージがつきまといます。コーネル・ウールリッチ(ウィリアム・アイリッシュ)のミステリ・サスペンス「黒衣の花嫁」は、結婚直前の婚約者を殺害され寡婦同然の立場となった女性の復讐譚を描いています。フランスでフランソワ・トリュフォー監督の手によって映画化された作品では、主人公ジャンヌ・モローが事件の5年後に5人の犯人たちを突き止め、次々と追い詰め殺害していくストーリーでなかなかスリリングでした。

同じ寡婦でもこちらはめっぽう明るいラブ・ロマンス「メリー・ウィドウ(Merry Widow)」が、佐渡裕プロデュースの県立芸文センター恒例のオペラとして今夏上演されました。オペレッタ「メリー・ウィドウ」は桂文枝が狂言回しに登場しコメディタッチで展開します。東欧の小国ポンテヴェドロの大富豪未亡人ハンナの再婚話をめぐって、パリを舞台に繰り広げられる喜歌劇です。ハンナが外国人と結婚すると莫大な財産が国外に流出することになるため、パリ駐在の公使ミルコ・ツェータ男爵は、ハンナのかつての恋人ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵と結びつけようと躍起になります。ここにフランス人の伊達男カミーユ・ド・ロションが絡み、この男が公使夫人ヴァランシェンヌに恋し口説いているので話がややこしくなります。

舞台の第一幕はパリにあるポンテヴェドロ王国公使館の国王誕生日記念夜会で、第二幕はやはりパリのハンナの豪邸の夜会、そして第三幕もハンナの屋敷で開かれた高級レストラン「マキシム」風に趣向を凝らした夜会で、いずれも華やかなパーティ会場ばかりです。第二幕の夜会ではポンテヴェドロ王国の民族衣装を付けて、コサック・ダンス風に歌い踊ります。第三幕は高級娼婦が集うレストラン「マキシム」を模した設定だけに、フレンチカンカンをふんだんに見せるエロチックな趣向です。なお実在する「マキシム・ド・パリ」は100年以上の歴史を持つ由緒正しい高級レストランなので、期待して出かけてもフレンチカンカンを観ることはできません。

(2021.10.1)